非日記
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「一体どうしたら自分はゲームをするのか?」等と悩み苦しみながら、頑張って努力して何とかしてゲームをしようとするようでは、とてもゲーマーとは言えない…真のゲーマーはゲームを自然にするもんだ…我々はゲーマーとは言えない…という話をしていたところ、 「そうなの!このままでは駄目なのよ!」 等と、まるでここ七〜八年ぐらいの三日に一度の私のように、ヤル気と問題意識に溢れた応答がかえってきた。
暫くすると「今日はちょっとすすめたわよ!」等と戦勝報告があった。 「あなたも何かゲームをしなさいよ!」等と言われ。
今新発売物で「これがやりたい!面白そう!」というのがなく、「やるなら途中で止めてるのとか、前にやったやつ(ジルとか幻水とかテイルズ)をまたしたいかな?」と思う。 人様は、他の人様がいつもFEをやるので、前から気になっており、「(ゼノ)ギアスとサーガが終わったらやってみようかな」等と遠い夢を膨らませているんだ。
私はといえば、件のFEは遥かな昔、人に(ゲーム機ごと)借りて少しやったきりで、結構面白かった覚えもあり、興味も関心もあるが、ゲーム機がなく、ゲーム機に限らなくても家の中に機械や家具を増やす事に、ものすごい抵抗感があってハードルが多い。 オーディオ関連(ラジカセ)を買い替えていなかったのも、それがある。
「ゲーム機が欲しいですって!?年に一回ぐらいしかゲームしないくせに、何を馬鹿な事を言ってるの!ゲーム機ならプレステ2をもってるでしょ!我慢しなさい!」 と、どこかのお母さんみたいな声が身の内から聞こえてくるんだ。 プレステを持っているのにプレステ2を買えたのは、欺瞞でDVDデッキのつもりで買ったからだ。代りに、プレステはお蔵入りだ。売るか捨てても良いんだが、あれはCDプレイヤーのつもりもあったし、私は貰った物なんかはポンポン捨てるが、壊れていない機械は捨て難い性分で。「まだ生きてるのに」という感じがするというか。
後は、身につけた物や使っていた物に、すぐ愛着が湧く所為だと思う。人間にはあんまり湧かないんだが。なんてゆふか、人間は手を離しても独立して勝手に生きていく(いける)だろ?例えばどこかで「オマエは要らん」と言われても、自分が必要される場所を探しに行けるし、仮にそういう場所が見つからなくても生きてる理由は自分で捏造できるじゃないの。 しかし人間に使われる為ダケに作られた「物」は、「もうオマエは用なしだ」と言ってしまったら、絶対にそれまでなんだ。たとえ世の中に金はないがプレステが欲しくて困っている人がいても、プレステは自分で歩いて「俺を使ってくれ!」とそこまで行く事はできないし、「たとえ誰一人プレイしなくても、俺はプレステのゲームソフトを機動する為に生まれてきたのだ!これまでも、これからもだ!回線の焼き切れるまで!」と自分一人で勝手に延々とディスクを回している事もできないねんよ!? 悲しい!
一言「さよなら」と言えば、なんの文句も言わず唯々諾々と捨てられて行くねんよ。「俺はまだ死にたくない!」という魂の叫びすら与えられなかったんだ。オマエ(プレステ)を全力で働かせ、(長時間継続的機動で)熱くする事のできない、気持ち良く楽しくゲームをしてくれないイマイチな人間に買われたがばかりに。なんの咎も、能力の不足も、事故もないのに、限りある若い機械の命を無駄に摘んで良いものだろうか? どうして俺はオマエを買ってしまったんだ!?他の誰でも良かったのに、何故にオマエを!? ムゴい!あまりにも! 私は自ら「一緒に来い」と言っておきながら、なんて冷酷な事を!?
…とか、思わんか? それで捨て掛けて、「…クッ」と捨て切れず。箱に仕舞って「オマエは我々(人間)とは違うんだ。たとえ十年であろうと百年であろうと、オマエなら待てる。きっともう一度、電源を入れてやるからな?」という気持ちになるねんよ。あるいは、「もう少しだけ…このままで」という気持ちになってる。それで何年かしてから、まるで植物人間の延命措置を止める決断を下すように、「今迄ありがとう。おやすみ…地球」という気持ちになって捨てる。
物を買う時には、「私はオマエを飼うという事の意味がわかっているのだろうか?(物の)命尽きるまで、責任をもって世話をし、ともに生きていこうという覚悟があるのか?」と、ペットを飼う前のように二の足を踏む。複雑で高度な機械であるほどそう感じる。ちなみに私の中で、現在「複雑な機械」の頂点に立っているものは人間だ。ただ人間でなくても生物には「おまえは私のものではなく、独立稼働すべき」という認識もあるし、ついでに人間は言うなれば仲間の親戚だから、色々複雑なのよ。
それで人様が「PCを買い換えようかな」等と言った時に、「ちょっと古くなったら、もう用なしか!殺すのかーッ!?」と興奮しかけたわけで。そしてポスペのラジェンドラに「さよなら」ができないでおり、たまに洗ってやったりするんだが(秘密ロボットだし、時が止まってるので汚れないけど)、ピコピコ動いているのを見ると「…オマエ、本当は働きたいんじゃないのか?」という気持ちになる。 食べ物を出しても、腹が減ってないので食べないのよ。「食事の喜びすら、もう三年も味わっていないわね…」という。
いえ、私の無意味でつまらん感傷だという事はわかっているんだが。 だって削除は、自殺や殺害と同じように一回であっという間に済み、しかもやり直しがきかないだろ? ちょうど滅びの呪文を守護してきた、死を司り死を守り続ける前頭前野が、「死ぬ事は容易い。しかし滅びの禁呪は、ただ一度しか使えぬ。死を守護すべき我々(脳)が、死をおろそかにするのか?他器官や細胞にはない、いついかなる時であろうと全器官と自らを完全停止させる(死ぬ)強大な力を自身のみの裁量で行使する能力と権限を託されたのは、その唯一にして巨大な力をなおざりに振り回す為ではない。その力を使わないでい続ける事もできるからだろ?」とでも言うかのように、私をやたら止めるねんよ。 ポスペだのに!
それはともかく、 「むー(訳:どうも気分が全く乗らないが…そう言われたら私も努力を少しはせねばならないと感じないもないわよ)」と言ったものの、しかし私は今、実はひそかに人様に戴いた万歩計にハマっていて(ハマルな)、静かにテレビの前に座って15分以上ピコポコする事は私には元から精神修行なんだが、いつにもまして辛いのだった。
た、タノシイのよ!歩くのが!まるで貯金するように! 人様の車の助手席に乗っていて、つと外を見たら、ちょうど銀行から出てきた見知らぬお姉ちゃんが貯金通帳を開いて見て「にや」と笑い、御機嫌で歩いていったように、時々万歩計を眺めて「にや」と笑い、御機嫌に歩いていってしまうぐらいに! 万歩計がこんなに楽しいモノだったなんて!
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