「cavity blues」3 手を離した途端に、エドワードは全身を奮わせながらお返しの一撃を私に寄越してこようと、左の拳をふりあげた。
それをよけながら、ふと、私は先ほど売店で買った冷えたペリエを持っていることを思い出した。 猪のように怒り狂うエドワードの顎を再度難無く捕らえ、口にペリエを注ぎ込んでみた。
ぎゃあという悲鳴とともに、少年は卒倒した。
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「それにしても、」
私は右の頬をさすりながら呟く。中尉の教育的指導の後がひりひりする。
「目には目を、」 と思い切り私の頬をつねった中尉は、エドワードを抱えて歯医者に連れて行った。 もうすぐ三十路を迎える男の肌が、あんなに伸びるとは思わなかった。
「機械鎧の手術を耐えた鋼のが、どうしてあんなに歯医者に行きたがらないのだ」
その場に残った弟君は、うーん、と奇妙な声を出して、鎧の腕をがしゃんと組んだ。
「たぶん、母さんのせいかも…」
「君たちの母親の?」
「そう、昔、兄さんの乳歯がぐらぐらしている時、母さんが抜いてあげるって、乳歯に糸を巻いてくれたことがあって」
「微笑ましい光景だな」
「でも、母さん、ちょっとうっかりしているところがあるから、ぐらぐらしてもいない、別の乳歯を巻いて、笑顔でひっこぬいちゃったんです」
「……」
「それが精神的外傷になっているんじゃないかと、思うんですけど」
少し可哀相なことをしたかもしれないと、ちょっぴり反省してみた。
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数週間後、エドワードは意気揚々と東方司令部の廊下を歩いていた。
幼いころの恐怖体験を克服した自分の逞しさを訴えんばかりに、可愛い小さな鼻をやや上に向けて、私の執務室へと入ってくる。
「大佐っ。オレはもう以前のオレとは違うぜっ」
やれやれ、と私は心の中でつぶやく。
私は先日の件で、殊勝にも反省してこうして大人しくしているというのに。
「…盲腸のようにクスリで散らしてもらったのかね?」
「ちゃんと削って治療した!!!」
本当かね、とからかうように言うと、エドワードはむっとして、口を開けて奥の方を指差す。
「よく見やがれ!!」
私は面倒くさそうに立ち上がってみせて、彼の無防備な口を覗く。小さな白い歯の間に、銀色の王冠が埋まっている。
私は自分の口を寄せ、エドワードの口をふさぎ、その王冠を舌でなでてみた。
一瞬の出来事に、エドワードが絶句する。
「…」
「分かったから、もう口を閉じたまえ、鋼の」
「っなっ…なっなっなっ」
ようやく電源が入ったようなエドワードを見て、私はにっこりと微笑む。
「これ以上、虫歯にならないためのおまじないだ」
「おおおおまじっ…」
「効果が無くなりそうになったら、また来なさい」
「にににに二度と来るかっ!!!」
ようやくそう言い切ると、半分べそをかきながら、エドワードは執務室から走り去った。
それから数年間、エドワード・エルリックは、歯医者のお世話になることはなかったという。
私のおまじないのおかげだろう。
FIN
追加アルフォンス日記。
虫歯の治療で懲りたのか、あれから兄さんは毎日歯の手入れをかかさなくなった。いいことだ。
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ペリエとかはさらっと読み流していただけると幸いです。 コントレックスは苦手ですー。
年末まで休める日がほとんど無い…かも…
私に愛をください…
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