あおい世界
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2009年05月21日(木) 父の病−嚥下障害。

玉川温泉でランチを完食したのを最後に、
喉の痛みを訴え始め、
水分一口さえも飲み込むのが大変になった父。
来週の月曜日に外来受診する予定だったのを繰り上げ、
母は昨日、父を病院へ連れて行きました。
風邪だと思っていた父ですが、
医師から喉の腫れはないので、
嚥下(えんげ)障害が出てきたのだと言われたそうです。
これは退院する時点で、
医師に間もなくそういう症状が出るからと説明されていたので、
やはり風邪ではなかったかと納得している母。
水分と栄養補給のため、2時間ほど点滴してから帰宅。
しかし、痛み止めも癲癇(てんかん)の薬も錠剤なので、
食欲が無くてもその薬だけは飲もうとするのですが、
それも困難なので、痛み止めだけは貼るタイプを処方してもらったそうです。
しかしこのまま水分が摂れなくなったら……。


お父さん、私、今までずっと幸せだったよ。
お父さんはどう? 幸せだった?
幸せだったよねぇ。 


母は父と幸せの確認をしたそうです。
それらを夜に電話で話してくれた声はいつも以上に沈んでいました。
が、その電話を切った10分後、また母から電話がきました。

今ね、お父さん、お水を3口飲めたよ。
上半身起き上がって飲んでみたら飲めたの。
お父さんと二人で手を上げて万歳したんだよ。
お父さんも万歳したんだよ。


さっきよりずっとずっと明るい声でした。




今朝も実家に寄りました。
昨夜から今朝にかけて、
吸い飲みで半分以上の水分を摂れたそうです。

お母さんは大丈夫?!

大丈夫じゃなくても大丈夫よ。
今こうして毎日、
幸せをかみ締めながらお父さんのことしているから……。 



まだ余命を宣告されてから、
いえ、癌が発覚してから1ヵ月も経っていないのにと、
改めて信じられない気持ちが増していきます。
兄貴が温泉に連れて行ったことを気にしていたようなので、
母はそれもなだめたと言っていました。
兄貴だって父を思ってのこと。
それも父が決めて行くことが決定したのだもの。




今日のお昼、母からきたメール。

今朝、粥100g食べた。他は一切拒否。
お茶はおいしと飲む。
沢山の様々な薬は飲むと挑戦するが、6種類の内2ヶだけなんとか通過。
なれどむせて4種は吐きだす。
今、庭いじり。
私が草取り手伝いのつもりが、
取っていけないものまで取ったといきなり叱られる (-_-)
函館の(父の)兄にアスパラを戴いたお礼の連絡の中で、
お互いの近況報告し、父の病状を伝えたことを父に話した。
妹と弟に伝える事、納得した。
ただし他人に言わないように頼む事とする。
今朝改めて手術の中止の内容を聞くので、順を追って正確に話した。
そんな事だろうと思っていたと言う。
息子(兄貴のこと)も手術が無理なことを父が納得出来ないだろうと、
駄目なのだと言える勇気がなかったと言っていた事も。
だからこそ、この家庭が幸せなことも話しあった。
函館の義姉も、みんな望んでいてもなかなか出来ない事。
二人は幸せねと言ってくれた事も話した。
たくさん幸せを感じれるように過ごしたいそう。


庭のことで母を叱る元気もあるのね。
この後、暑さのせいもあって貧血気味になり、部屋で休んだそうです。
ほとんど体力なんてないのに、庭に出たがる父。
いまだにお風呂も一人で入りたがるんですって。
父が幸せって、思ってくれることだけが望み。

昨日、父の庭から手折ってきた芍薬。
固い蕾だったのに、ほら翌日には綺麗に咲きました。
無理だと分かっていても、
散らずにこのままでいてほしいと強く願ってしまいます。











嚥下(えんげ)障害
   病気や老化などにより、飲食物をうまく飲み込めなくなったり、
   誤って気管に入った物を吐き出せなくなったりする障害



検索WORD = 父の病−


あおい雪  DiaryINDEXpastwillMAIL

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