あおい世界
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2003年04月30日(水) 続・一生涯に一人(背中の火傷)。

あたしが一生涯に一人と思ったもう一つの理由を思い出したので、
続編ということで記しておきたいと思います。


あれは19か20歳の時だったかな。
当時あたしは専門学校生で、バイトバイトに明け暮れていたのね。
一日フル稼働していましたよ。

一番ハードだったのは、
 朝4時から朝8時までかまぼこ工場、
 朝11時から夕方4時まで専門学校、
 夕方5時から夜9時までカレー専門店。

もしくは
 朝11時から夕方4時まで専門学校、
 夕方5時から夜9時までカレー専門店、
 夜10時から朝2時までファミレス。

この2パターンの時期かな。


で、ある年末に近い29日か30日だったと思うんだけど、
夕方いつものようにカレー専門店でバイトしていた際に、
寝不足がたたったのか、フラッとなり、なんだか右手側が熱いなぁ、
なんて思ったら、
右背中に火が付いているじゃあーりませんか!

そう、よくスタントマンがやるあのシーンです!

あたしの背中が燃えていたのです。

慌てて厨房内を走り回りながら、
とっさに燃えているエプロンとパーカーを脱ぎました。
そこはカウンター越しに丸見えの厨房だったので、
居合わせたお客さんが厨房と客席を仕切るためにあるカーテンで包んでくれて、
助かったのよ。
で風呂場で背中から水で冷やされていたときにあたしが言った一言。

3日間はバイト休まないと駄目だよね。

そのとき水をかけてくれていたバイト先の友人は

雪、何言ってるの? 当分バイトなんてできないよ!    と呆れていた。。。。ははは

右脇から二の腕、背中の3分の2が火傷。
病院に着いたときの最初の処置は、
肌にくっついた下着(ブラジャー)をはがすことだったそうで、
二の腕は自分でも見える位置なのでよく覚えているんだけど、
お祭りなんかで売っている水ヨーヨーみたいな水膨れができてたな。

広範囲の火傷なので、
特にひどい部分から軽傷の部分までいろいろあったんだけど、
特にひどい部分は赤いケロイド状で、肉が盛り上がってしまったの。
半年間はグルグル包帯巻きの状態で毎日通院し、
両親と医者の間では皮膚移植の話も出てたみたい。
あたしは、そんなことで入院とかしたくない、と思ったし、
周りが気の毒がるわりに、ケロッとしていたのよね。


ただし、
やはりそこは女の子でした。

そう簡単に、この傷を誰にでも見せるわけにはいかないぞ、
なんてことも思ったんだね。
そのとき以来、
日焼けが怖くて二の腕が出てしまうようなタンクトップは着れなかったし、
海水浴もずーっと行かなかった。
のちに元夫と海水浴に行った際には、水着の上にTシャツを着たりして。


今?
まだ火傷の跡は残っているのよ。
でも、赤々しかったケロイド状もほとんど目立たぬくらいになり、
盛り上がっていた部分も、ほんの一部分だけになりました。

そーんなこと相変わらず、ぜーんぜん気にしていないけどね。


あおい雪  DiaryINDEXpastwillMAIL