sasakiの日記
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2011年03月15日(火) 五日目

こういう時の時間はなかなかたたないもので、テレビを見て、ネット検索やって、進展しないどころから、原発まで深刻になって、大きな余震もあり、北に上ると津波で修羅場のパノラマ。繰り返しみせられた安物もののパニック映画みたいになってきてる。
地震のあった宮城の海岸線はとにかく道の枝分かれがなく、仙台から石巻までの交通手段は仙石線、45号線、三陸自動車道がメインで、多分、45号線と仙石線が使えないとなると、テレビでもいってたけど輸送がママならないのが実情で援助物資が行き渡らないのがよくわかる。
よく知っている土地が被災地というのは距離が遠くても、隣街で起こっているのと同じなんだ。
要害出身の人が、ネットに近所まで悪戦苦闘の末、行った、という書き込みをしてくれていて、もし情報が欲しいのであればとメールドレスをのせてくれていたので、連絡をとって見たら丁寧でとても親切な返事をいただいた。村は奇跡的に倒壊や損壊を免れ形を保っているとのこと。昨日までは 水に埋れた家々の近いところの写真を見たばかりだったので、また、色んな所でのつき、不運を思う。
そのメールの方から数葉の写真が添付されていて、結界で守られているよう
に、見事にどこもいたんでいないその方の実家の写真、欠落した北上大橋あたりからみた水に浸かった多分大須方面、そこの家で暮らすおばあさんが二人家にいる姿で、これ以上の安否確認はないという見事な写真でした。
昨日より明日、届かなかった所が開かれていく。
雄勝、十三浜がまだ出て来ない。
スーパーに行ったら、もう、米が売ってなかった。
一昨日あたりからガソリンスタンドに車が並んでいて、一体どこに行くんだろう?
色んな人から励ましの電話やメールをもらうけど、僕は全然問題ないから、だ
いいち、それに、いい年だし。それと、被災者じゃないし。
何かあったら相談にいくからね。
本当にけっこう時間がかかると思う。これを回復させるには。
と、思いながら生きて行く方が未来があるとおもうのだ。
とにかく、何が起こってもまだまだ、これからだ。
しばらく歩いていないので、家から藻岩方向に向かって歩き、小高いろいず珈琲館から札幌のビルをみている。そのビルの向こうから波がやってくるように見えてくる。

今は大変なピンチといえばピンチなんだけど、きっとそのあとにはチャンスが
やってくるのだ!


sasaki