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ガチャでゲットしたケーブルマスコットござる。

よりによって、非力なほうを引いてしまったが、 おじいさん、おばあさん、まご、いぬは単体で、 かぶがついているのは、このセットだけだった。 てことは、「引きがよかった」と言えなくもない。 いずれにしても、おじいさん、おばあさん、まご、いぬ。 是非とも揃えたくなった(困ったもんですなー)
ところで、このセットの中にパパとママがいないのは、 いったいどうしたことなのか、これまで考えたことがなかった。 パパママは外に働きに行っているのでしょうか。
おじいさんが かぶの たねを まきました。 あまい とてつもなく おおきな かぶが できました。 (おぼろげな記憶による)
小学校1年生の国語の教科書にも載っているお話だが、 「途轍」などという、難解な単語が出てくるわけよ。 「とてつもない」ってどんなことだろうね、と話し合うだけで、 45分の授業が成り立ちそうだ(たぶん私ならやります) 今どき、調べればわかることではあるけれど、 その言葉がどういう意味で、どういう場面で使われるのか、 そうしたことを考えるのは、国語の授業ならでは。 きっと楽しいし、考える力や、話し合う力がつきそう。
あとねえ、「あまい」ことが、なぜ収穫前にわかるのか。 大きくない、ほかのかぶが甘かったんだろうか。 これは授業で取り上げないと思うけれど(食いつかなさそう) 現役時代から気になって気になってしかたがないことだった。
「え、そんなこと」っていうことに、やけに引っかかるのは、 ごく幼いころからだったと思う。 他からみて「変!」ていう拘りがあることで、 担任からも「素直じゃない」とみんなの前でいわれ、 いじめてもよい理由になっていたのだった(くっそぉ〜〜) (中学校に入って、いじめっ子との立場は逆転したけどね)
拘りがあるっていうだけで、横並びにならないのは 責められるほどのことではないと、いまなら言えるんだが、 小学生の私は「内にこもって気持ちを出さない」ひとだったので、 義務的に学校に行って、帰ってから思う存分自分を楽しんでいた。
一人でも楽しめるっていう素地は、そのころ鍛えられましたねえ。 おかげさま、と言ってもいいかも、だな〜〜
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