日刊オバちゃん白書 --婆ウォッチングのミラーサイトでござる--
* いんふぉめ〜しょん *
2001.3.18〜 四半世紀も続くなんて、誰が予想したでしょう

鹿踊りの思い出など 2020年09月10日(木)



エビガラ子にばかり気を取られていたわけではない。
丸坊主のカラタチに産卵するアゲハママがいるので、
ときどき見回っては、生まれたての子を
葉っぱがたくさんある木に移してやらないと。

その、引っ越し作業中に見つけた。
オナガアゲハ。
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シーズンに1〜2回、目にすればよいほうで、
見つけられなかったな〜っていう年もある。
また、ある場所のサンショでしか発生しなかったので、
てっきりサンショが好きなんだとばかり思っていた。
カラタチにくっついているのを見たのは初めて。

なんでこれがナミアゲでなくてオナガとわかるのか。
すんごく説明にくいのだけれど、
カタチもツヤも色の配分も、
じっとしているときのフォームも違うのだ。

エビガラ子はちょっぴり大きくなった。
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調律したて。
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前回から2か月経たずして、だった。
今年のうちにあと1回かな。だろうなあ。

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朗誦伴奏CDを何度も聴くうち、
お話の内容とは別の、ある記憶がよみがえっている。
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亡父は写真撮影を最大の趣味としていた。
最後の入院の際にも、傍らにカメラを置いていたほどだ。
郷土芸能やお祭り、それにかかわる人々を、
父はよく題材にして写真を撮っていた。
なかでも、花巻の鹿踊りの写真は圧巻だった。
大きく引き伸ばし、木枠のパネルに留め付け、
市だか県だかの芸術祭に出品したこの写真に、
賛否の声が上がり、父はずいぶん憤っていた。

写っていたのは、衣装を身にまとった踊り手が
身を「くの字」にして踊る様子である。
至近距離、それも、あおりで撮影したせいもあり、
画面から飛び出してきそうなほどの迫力があった。

問題となったのは、踊り手の足が、地面についていないことだった。
跳ねた一瞬をとらえたのだ、というのが父の主張。
しかし、一部、それはおかしいとう声が上がった。
鹿踊りは終始すり足なはずで、跳ねるのは不自然だ、
踊り手に頼んで跳ねてもらったのだろう、と。

バカがつくほど真面目で正直な父が、
そのようなヤラセをするはずがない。
「アングルによっては、足が浮いて見えることもある」
そう主張する父を信じたのは、父をよく知る仲間たちだった。
実際、一緒に撮影会に出向いたわけだし。

が、世の中のすべての人が父を知るわけではなく、
「不自然なものは悪いもの」という意見は
その写真の展示が終わるまでつきまとった。

理不尽に悔しい思いをすることもある、と
子どもながらに感じたできごとだった。
このことで意見を求められたりはしなかったから、
小学校高学年とかせいぜい中学1年生とか、
そんなもんだったのではなかったかな。
電話でやりとりする父の口調が、
え、そういう一面もあるのか、と思うほど厳しかった。

ってことをですね、
朗誦伴奏「鹿踊りのはじまり」を聴くたび、思い出すわけ。
ああ、この場面なら、鹿が跳ねることもあるかも、と。

かく言う私は、本物の「鹿踊り」を見たことがなかった。
もちろん、YouTubeで検索して、見てみましたとも。

跳ねてるよね・・・(希望的な見方でしょうか)

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