つらつらきまま


2007年05月11日(金)
遺すもの・受け継ぐもの

「落maga」というメールマガジンを昨秋から購読している。
 主に関西地方で開かれた落語会の情報が載っていて、上方落語好きな私にとって、配信される金曜日午後は楽しみな時間である。
 今日、2週間ぶりに配信されたメルマガを読んでいたら、鶴瓶さんのお弟子さんの笑福亭銀瓶さんが桂こごろうさんとの二人会で「たちぎれ線香」を掛けたとあり、思わず(おぉ〜!!とうとう出た!)と食い入るように読んだ。

 師匠である鶴瓶さんが去年の青山円形劇場でかけた「たちぎれ線香」は、私が初めて聞いた本格的な落語であり、青山円形劇場から渋谷駅までの道のりをフラカンの「深夜高速」をBGMに(こんな世界もあったなんて知らなかった〜!あぁ〜生きてて良かった〜!!)と泣きながら歩かせた思い出の落語である。
 あの噺を弟子がかけるようになったのか…と感慨深く読み進めたら

 >師匠・鶴瓶のアレンジは1箇所だけ取り入れていたけど、

 がくっとコケた。
 えっ、1箇所だけ?と。
 その取り入れた1箇所はどこなんだろうと気になる。
 鶴瓶さんが取り入れたアレンジの中で特に大胆なものがあり、私はその部分が好きなのだが、そのアレンジは本当に賛否両論。
 好きな人は本当に絶賛するけれども、そのアレンジが許せない人は徹底的にこきおろすからなぁ。
 たじたじするぐらい。
 
 でも1箇所だけでも“鶴瓶さんのたちぎれ”が継がれていくのは嬉しいことだ。
 何十年後、何百年後の「たちぎれ線香」に「笑福亭鶴瓶版・たちぎれ線香」が残っていき、その中で笑福亭鶴瓶が生き続けるのだから。
 これが落語の醍醐味でもあると思う。

携帯から大概のホームページが見れるので、歩きながら携帯でチェックすることが多い。
 しかし、微妙に対応していないものもあり、その一つがcasty blogの写真。
 クリックしても大きくならないため、携帯から写真をチェックすることは若干厳しい。
 そのため、“フジモンを修士さんと間違える”なんていう現実世界では有り得ない事態も発生する。

 今日も帰宅途中、携帯から色々ブログをチェックしていたら小堀ブログの最新エントリータイトルが「落語」。
 目がきら〜ん☆となり、速攻クリック。
 7月ぐらいにピンのイベントをやりそうで、その参考にDVDを買ったらしい。
 米朝師匠のDVDであることは分かったが、肝心のタイトルが携帯からは見えにくい。
 見覚えがあるものだったので、恐らく間違いないだろうと思いつつも、家でチェックしたらビンゴ。

 「特選!!米朝落語全集第三集 不動坊/たちぎれ線香」
 だった!

 確認した途端、我ながら現金なほどにテンション上がり
 (エライ!小堀さんエライ!)
 と、思いっきり上の目線ながらも出来る限りの賛辞をブログに向けて送る。
 コメントはしなかったけど。

 鶴瓶さんの「たちぎれ線香」は桂文枝師匠のものがベースなので、米朝師匠のものとはちょっと違うけれども、米朝師匠の「たちぎれ線香」は小糸の愛らしさ、いじらしさ、お内儀の凛とした様が凄く伝わり、それをちょっとでも思うとたちまちじわじわと泣けてくる。 
 米朝師匠の「たちぎれ線香」は、DVDも持っているがCDも持っているので、それをSDに入れて長く電車に乗る時などは聞いたりしている。
 サゲの
 「小糸はもうひけしまへん。お仏壇の線香がちょうどたちきりました」 
 に至ると、毎回ため息をつく。
 見事な終わり方だ。

落語のDVDを買ったということは、落語的なものをやる予定なんだろうか。
 2人でたらたら喋ってるだけのものを「漫才」と言われたら頭に来ることと同じで、着物を着て座布団の上で喋っているだけのものを「落語」とは呼べない。
 漫才師やコント師が落語的なものをコーナーでやる場面に遭遇することがあるが、(これを“落語”というなんて、落語に失礼過ぎる)と思うことの方が個人的には多い。
 
 大丈夫とは思うけれども、もし小堀さんのピンイベントが落語ならば、ある意味今までで一番ドキドキしながら行くことになりそう。
 …あら、ワタクシ気づけば行く気満々。
 DJとか歌イベントとかは、とことごとくスルーしまくってるのに。
 私を外に連れ出すには独演会さえあれば良いということか。

小堀さんが弟子入りしようと思った17年前の鶴瓶さんが出ている「パペポTV」をことごとくDVDに焼いて片っぱしから見ているが今見ても十二分に面白い。
 特に鶴瓶さんが仮免に学科で落ちた直後のパペポは何回見ても笑える。



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