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2020年04月22日(水) パンデミック狂想曲第10楽章「コロナ明けなるものは永遠に来ない」

4月も半ばを過ぎて下旬に。いよいよ新緑茂れる1年で最もベストなシーズンとなってきた。
先日、確定申告を税務署に提出する帰りに近くの善福寺川緑地を散策する。
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染井吉野は散ってしまい、完全な葉桜状態になってしまったが、八重桜は盛り。
他の草花も一斉に芽吹き始めて百花繚乱だ。
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生命の息吹を感じる。
街は平日にも拘らず、散歩やジョギング、家族連れの姿が目立つ。
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恐らくコロナ禍以前よりも人の数が多いようにも思われる。
都心や電車はがら空きの一方で、郊外の公園やスーパーはむしろ混雑が増した。
「緊急事態宣言」が出て以来、家で過ごす時間が増えるから、これは必然の成り行きだろう。
飲食店街を通ると、店先でテイクアウト商品を並べている。
自分の行きつけの阿佐ヶ谷某BARも大変なようだ。
この異常なる狂気がいつまで続くのだろう。
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先日、ある調べものの際、「ポツダム宣言」を検索してみた。
当時、日本政府や軍部は単に黙殺の姿勢であった。
新聞等には「黙っているのが賢明で、新聞にはノー・コメントで掲載するよう指導するのが適当である」との方針だったという。
ところがなぜか新聞マスコミは好戦的な表題で民衆を煽動した。
曰く「笑止、対日降伏条件」、「笑止! 米英蒋共同宣言、自惚れを撃破せん、聖戦飽くまで完遂」「白昼夢 錯覚を露呈」等。
その挙句の果てに何が起きたか。
原爆2発、ソ連参戦という愚の三重奏。
結局、一番馬鹿だったのは軍部ではなく、マスコミだったのだ。
今次のコロナ禍も当時と寸分たがわぬ処が香ばしい。
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欧米と比べ、アジア地域でのコロナウイルスでの致死率が桁違いに少ないという。
原因はまだ不明。
BCG接種とか、地域の特殊性が論じられているが、まだはっきりとした原因は解らないらしい。
もしかすると、今回のコロナに類似する感染症が過去にアジアで蔓延し、その抗体が存在する故なのかも知れぬ。
これもまた、生命OSアップデートが行われた成果なのかもしれない。
問題はワクチン云々ではない。
肝心なのはやはり、免疫、抗体の有無が鍵になろう。

にも拘らず、メディアを通じて唆し続ける「感染拒絶原理主義者」は今日も気の狂ったように常套句を喚く。
曰く
「コロナはワクチンや特効薬がない! だから他のインフルエンザと同等に考えるのは愚かだ!」
というもの。
ならば、なぜこの人生でいわいるインフルエンザワクチンを接種した覚えが一切ない自分が無事で居られるのだ?
もしこの常套句が真実ならば、インフルエンザワクチンをまったく接種していない自分のような人間は毎年、重症化するなり死んでいなければおかしい。
にも拘らず、一度もそのインフルエンザで入院するほど拗らした経験がない。
何でそうならないのだ?
自分がこれまでその手のワクチンを接種しなかったのに何故無事なのだ?
だが、それに関する説得力ある説明など聞いた事がない。
インフルエンザだって毎年変種が現れて、全く同じものが流行っているわけではなかろう。
だからコロナに限らず、本当の意味でのインフルエンザに効くワクチンや特効薬など存在はしない。
結局、インフルエンザで重症化するか否かは、過去に感染して抗体が有る無しの差なのだろう。
にも拘らず、「感染拒絶原理主義者」は、どうしてもコロナを特別扱いしなければ気が済まないらしく、「ワクチン!ワクチン!」と喚き散らす。
これもコロナ禍の狂気のひとつ。
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先日、地元で大雨が降って近くの河川が溢れそうになり、防災無線から避難準備のアナウンスが流れる。
おや?今はコロナ非常事態宣言で一切家から出るなとのお達しではないか?
避難なんてしたらコロナに罹ってしまうぞ。8割減どころではないだろう?でも逃げろととはどういうことだ?
この絶対矛盾を、矛盾と考えずにただ条件反射的に避難と閉じ篭もり警報を同時に発報する行政、マスコミに従うことの不条理も、この「コロナ禍」狂気の露呈した断層面の一部として垣間見る事が出来る。
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いつ頃からか、著明な災害時に「特別警報」なるものが乱発されるようになったのか。
大きな災害は過去にもあった訳だが、阪神大震災や東日本大震災以降、ノーマル級の災害にすら「特別警報」で民衆を煽るケースが増えてきた。
しかし、台風、地震、火山噴火等は己の五感で検証する事が可能だ。
台風ならば気象衛星画像とか、気圧、気温などパーソナルな機器でスケールや進路など自己判断が出来る。
火山、地震も然り。
体感が出来るのだ。
たとえメディアが煽ったとしても、それが本当に危険かどうかはそれらの末端機器や映像で真偽を測ろうと思えば不可能ではない。
だが、目に見えない細菌、ウイルス、放射性物質は己自身で危険度を検証することはほぼ困難だ。
放射線も個人差が大きく、単なる数値だけでは判断しがたい。
尚のことウイルス、細菌など素人ではその病原性や感染頻度など個人レベルで検証する術はない。
だからコロナのような「見えない脅威」は民心を煽る材料として、これほど「便利」なものはないのだ。
そして、今回この「見えない脅威」を利用し、邪なる「感染拒絶原理主義」が台頭した。

海外の大学の研究ではこのコロナ禍は年内に収まる見込みはなく、少なくとも2022年まで続くらしい。
かつてのスペイン風邪も3年位は波状的に続いたから世界的パンデミックとはそういうものなのだろう。
1968年前後に流行ったホンコン風邪もそんなスパンだったが、そのパンデミック真っ最中のメキシコオリンピックが中止されたという記憶はない。
先日、米空母でコロナが蔓延したという報道があったが、感染者の殆どが軽症か無症状らしい。
しかし、今回のコロナ禍はそういう「真実」は抹殺されて、ひとりでも感染すれば「死」というデマゴギーが蔓延している。
そのデマ下手人である「感染拒絶原理主義者」の支配が続けば2021年の東京オリンピックは開催されるはずもない。
オリンピックはおろかあらゆる業種の営業は抹殺されつづける。
ようするに、ひとりでも感染者が存在すれば自粛や非常事態宣言は永遠に続くということ。
「感染拒絶原理主義者」にとってはゼロリスクが絶対なのである。
彼らは町から全ての人影が消えるのを望んでいる。
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どこかの「感染拒絶原理主義」狂信学者が「このまま何もしなければ日本で42万人がコロナで死ぬ」と喜び勇んでデマゴギー恫喝文章を発表していた。
そして「8割以上、人との接触を絶て!」と喚きたてる。
そんな実行不可能なデマ世迷言を世間に向けて恫喝する狂気は今に始まったことではない。
だがそのデマ狂気を偽政者は真に受けて民衆に強要しつづけることでますます人々の生活は困窮していく。
「今が踏んばりどころ」という台詞は何回聞いたか?
そしてこれからも同じ台詞を何万回も繰り返し、市井の者を自宅軟禁し続ける。
そしてこの難局に耐えろと、昔流行った歌を「感染拒絶原理主義」の偽善者共にネット経由でプロパガンダに流用。
そんな糞のような宣伝偽善行為の影で次々と生活困窮で倒れていく人々が哀れだ。

日本をコロナ禍で支配を目論む「感染拒絶原理主義者」は1970年代のカンボジアを支配した民主カンボジアのポルポト派と同じである。
プノンペンを「解放」したポルポト派が翌日出した命令は、すべての市民に対する市街退去命令であった。
彼らは毛沢東主義たる農業主体の共同社会を建設し、通貨を廃止、学校教育の否定などの極端な原始共産制の実現を強行しようとするもので、その目的のためには手段を選ばなかった。
今日の「感染拒絶原理主義者」も同じく、コロナとの絶滅戦争のためには全ての社会生活を停止させ、都市を原始的なレベルまで荒廃させることも厭わない。
そしてクメールルージュのごとく、この教条思想に反するものは有無を言わせずメディアを通じて弾圧、虐殺を奨励する。
東京はまもなく映画「キリングフィールド」と同じような運命を辿るだろう。
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「コロナ明け」なるものは永遠に来ない。
この地球上からコロナウイルスが全て消滅するまで自粛は強要されつづける。
「桜は来年も咲く」というが、永遠に非常事態宣言が続けば永遠に花見など出来ない。
そのうち「ネオ・クメール・ルージュ」たる「コロナ感染拒絶原理主義者」は人々に花見をさせまいと、日本中の染井吉野を伐採してしまうだろう。
ハイキングもキャンプもさせまいと、全国の登山道、山小屋、キャンプ場閉鎖を命令。
それでも外出を諦めない市民に対して「感染拒絶原理主義者」は更なる実力行使を実践し始める。
テーマパーク、映画館、図書館、飲食店、アミューズメント施設、居酒屋、レストラン、学校、事務所、会社等、人が二人以上集まりそうな全ての施設を破壊するため自衛隊を動員。次々にダイナマイトで爆破していくだろう。
それではまだ足りぬと人の移動を徹底的に阻止するために鉄道、空港、港湾施設、航空機、高速道路、一般道路などのインフラすら破壊し始める。
なにせ「人との接触8割減」が絶対信仰なのだから、その目的のためには手段は選ばないのだ。
やがて街から全ての人間を排除して、最後は街に火を放って燃やし尽くす。
この「ネオ・クメール・ルージュ感染拒絶原理主義者」が目指す最終目的はコロナ感染阻止のために日本全てを焦土化する事にあることは論を待たない。
君はこの狂気に従うのか?
この所業が完遂されるまで「非常事態宣言」は絶対に解除されないことを覚悟すべきだ。
花見もゴールデンウイークも、もう永遠に来ない。
「ネオ・クメール・ルージュ感染拒絶原理主義者」に支配され続ける限り、絶対にだ。
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この狂気に満ちた「コロナとの闘い」なるデマゴギーから解放されなければ、未来は失われてしまう。
コロナは闘いを挑んではいない。
何回でも言う。真実はただひとつ。
コロナ流行はこれまで幾何回も繰り返されてきた生命OSアップデートの一環に過ぎない。
人類とウイルスが生きていく上での必須の通過儀礼。
その通過儀礼を経て、コロナとの共存を図ること。
これが唯一の真実。


絶望皇太子