心を読まれているような気がする…… などと書くとたいそうなものだが 実際のところたいした話ではない。
単純に、自分と似たような思考を持つ人が居るというだけで。
自分の考えているような事は他の人も考えていて しかも、上手に表現してくれるとしよう。 そうすると、私のすることがなくなってしまう。
誰かと同じだと安心するというのは、日本人の心理かしらないが 少なくともそういう考え方は存在する。 一方で、誰彼とも同じだというのは否定したがるもの。 アイデンティティの確保なのか知らないが 少数であろうとするわけだ。
変わり者と言われたときに、表面的には否定しながらも 内心喜んでいる部分があるのは 多分、私だけじゃないのだろう。
マジョリティの中のマイノリティ。
逸脱し過ぎない程度の変わり者。
……で。 例えば自分と似たような思考を持ちながら 自分より優れた人が居たらどうするだろうかと、昔考えた。 しかし、残念か幸いか、 やっぱり類似してるにしても、数に限りがあるわけで。
妥協というか、そもそもの出会いが無いというのか 結局収まるところに収まっているわけである。 一生の中で物理的にも精神的にも 暗中模索しながら作れる地図なんて 比較対象が全宇宙とすると、存在しないも同義である。
自分が些細なものである、というのは 自分を中心に世界が回っている以上、受け入れがたいのが人間。
この世界が積み木のようなものだったら、 どこを押したら崩れるのだろうか、と漠然と考えた事もある。 どっかファンタジーな脳みそで そんな事を発想する精神自体が 少し問題なんじゃなかろうかとも思ったが、 まぁ考えてしまった以上は仕方が無い。
実際問題、物理法則をぶち壊して 世界を壊す事が出来たとしても もったいないから壊さないのだろう。
手元のカレーにも手間取るのだから。 山芋&ピーマン&パセリ&ほうれん草入りカレー。 なんかもう、色がね? ……食欲の沸かないカレーなんて初めてだ。
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