1日雑記

2005年11月13日(日)


改めて、夢がありますか?

と、漠然と考えてみるとあまりない。
現実見なきゃならない年頃ですから、と言い訳は結構簡単。

夢を叶えるだけのの努力してますか?
と、問われるとNoと答える。

上の2つの答えを合わせると
努力しない結果、手に入れたものが現実となる。
その時々で努力はしたつもりではあるが
一貫性を持った努力をしたという記憶もない。
得た現実、現状をよりよいものにしようとは思うが
それすらも結局現状を甘んじて受け入れているだけである。

ところがその過程、あるいは家庭の中で
幸せを感じ、これでも良いかと思うようになる。


これが私の事実かどうかはともかくとして
これを小さくしたものが私の就職活動だった気がする。

就職活動の開始する時期的なものはひとまずおいて置いて、
気持ちのうえではなかなか本腰が入らない。
エントリーや会社説明会を受ける事で自己満足している。
頑張ったからといいながら。
会社を選ぶ中で、自分の中で第一志望が正当化される。
まるで暗示であるかのようにその業種を受け
その中で第一志望と呼ばれるものが浮かび上がる。

「夢」である。

面接に進み、その時々を頑張ろうと思い、活動。
ダメだった場合、もっと早く就職活動すればよかったなどと後悔。
活動が遅かった、学歴が足りなかったという
「現実」を理由とし夢をあきらめた事を正当化する。
第一志望といいながらも
長年の夢というわけではない。
学生生活の中で見つけたごく短い期間の中で見つけた夢であり
学生生活の4年間、あるいはそれ以上をそのために費やすわけでもなく
それはつまり一貫性を持った努力をしたというわけでもない。

採用は見送らせていただきます、というような旨の
連絡を受けるたびに新しい会社を探そうとする。
志望動機などを考える中で、その会社の魅力を知ろうとし
また、洗脳するかのようにその会社を志望する。
ダメだったことは認識しつつも
第二志望でも、第三志望でも……と
それがダメなら少しでも興味のある会社を探す。
少しでもよりよい現状を得ようとする。

幸い、内定をもらえると
余裕のなかった就職活動中とは少し違った視点で会社を見る。
いいところ、悪いところに気づき
そうは思いながらも来年の4月が楽しみになる。
これはこれでいいかと思っている。


現実と夢、どれどれくらい距離があるのか見つめてみるが
夢そのものが曖昧だった気がしてならない。

これらが悪いかといえばそうとも思えず
単純に自分を取り巻く世間が狭かったというのが一因かと。
知らないことに興味を覚えないのは当然で
テレビを見ても所詮箱の中の出来事でしかない。

体感、実感して初めてそこに興味が生まれ夢となる。

受験でも就職でも転職でも
結局のところそういう情報が大量に入る期間ということなのだろう。
故に、その時が大きな分かれ道になる。

それ以外の時、私にとって
自分の未来は他人事。


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