雑音と聞いて、良いものを連想する人は少ない。 雑音である以上、そもそも意識する事も少ない。
さて、この前街を歩いていると 何歳くらいだったろう、男の子が嬉しそうに言っていた。 「がたんごとん」 橋の下には電車が通っていて 新宿駅ということもあってよく電車がやってくる。
なるほど、ガタンゴトンと音がしている。
ふと、私にとってガタンゴトンは雑音だという事に気づく。 そして、その男の子にとってガタンゴトンは雑音でない、と。
雑音の定義は色々あるかもしれないが 自分に興味のない音は雑音だと考える。 すると、その定義はとても曖昧なものということになる。
私にとっての雑音は男の子にとってとても楽しい音だった。
少しショックを受けました。 私たちの周囲にはいろいろな音が存在します。 そして、それぞれに意味があります。 成長した、といえば聞こえはいいけれど 私たちの周囲にあるいろいろなものに 興味をもてなくなっているのだと。
例えば今、外の音を聞くと虫の音。 でもそれがどんな虫だか分からない。 一応東京に分類される私の所在地、 一体どこで虫が鳴いているのか分からない。 虫が鳴く以上、そういうことのできるような場所があるはずなのに。
そういう一つ一つのことにいつの間にか興味を持たなくなり 多くのものを雑音として分類するようになっていた。
そういうことが必然なのかと考えると なんとなくその意味を考えたりする。
全然話が違うのだけど 私のパソコン起動までに結構時間がかかる。 ついでに私の部屋は汚い。
これらから導き出した1つの方策。 パソコン立ち上がるまで、ちょっと片付けしてみるか。
これが結構効果的。 ごちゃごちゃしていた机が整頓されて ぐちゃぐちゃのベッドがきっちりしてる。 時間って使いようなんですねぇ、つくづく。
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