1日雑記

2005年09月26日(月)


小人の物語。

疲れた靴屋のおじいさんの元に小人がやってきて
寝ている間に、代わって靴を作ってくれるのです。
あぁ、なんともすばらしき物語。

……か、どうかは知りませんが。
(そもそもこれで内容が合ってたかもわからない)
とりあえず小人は居るんです。

例えば書いた日記を読み返すと
それは私が書いたものなのです。
紛れもなく。

私が私の書きたいように書いて
私の主張だけをただ盛り込むので
読み返したときも確かに私の日記なんです。
……まぁ当たり前なんですけど。


一方で、ちょっと創作した物語などを読み返してみると
どうも自分が書いたのか分からなくなるという
錯覚に陥る事があるんですね。
実際私が書いてるわけなんですが……。
登場人物たちの主張や行動は
私の行動や主張と一致しないからなのかもしれません。
確かに書いている当時のことを思い出すと
あぁ、こんな事をこんな風に思いながら書いたなぁ、と
記憶から引っ張り出す事はできるのですが
最終的な完成品を見返したとき
どうにも自分が本当に書いたのかと、錯覚してしまいまして。

木を見て森を見ず……と、いいますが
物語というのは一節一節、あるいは単語の組み合わせが
話として成り立っていきます。
それぞれを注意しながら修正して……とやっていますが
一つ一つの木を見て、調整してきた私は
森を見たとき自分のものなのか疑問を抱く、と。
もしかしたらこんな事なのかもしれませんが。

しかし、そんなわけの分からない考察をするまでもなく
もっと単純に原因を解明する事ができるのです。
そう、小人です。
小人が私に代わってキーを打っているのです。
だからこそ出来上がった後で
しばらく時間がたってから見返す自分の書いた物語は
なんともむずがゆい気がするのです。

こんなところにも小人は居たんだ……という話。


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