1日雑記

2004年05月10日(月)

新聞の投書を読んだところ、
携帯電話のことについてかかれていた。

祖父が死んだ時、だったろうか
医者が携帯の時計を見て
「○時○分 ご臨終です」
と、言ったらしい。

それに対して違和感があったようだ。


携帯電話自体は病院でも使える電話だったそうで、
違和感があったのはそういうところではないが。


なるほど、確かになんとなく違和感がある。
携帯電話の時計は良く時間がずれる、
とかそういうことではなく違和感がある。


思うに、その違和感を感じる要因の一つは
携帯電話の用途が、本来通話にあるからではないだろうか。
あるいはメール。

若い人の間では腕時計を持たずに、携帯で時間を調べる人も多い。
とはいえ、携帯電話の時計というのは
あくまで補助的な機能であるから
補助的な機能を用いることで、大切な時刻を知ることに違和感を覚える、と。

さて、これがカレンダーだったらどうだろう?
恐らくカレンダーを見るよりも、携帯電話のデジタル表示の日付のほうが
人の見間違えを考えても、正確なのではないだろうか。

ところが、実際に大切な機会に携帯をだして
カレンダーをみて、人に何かを告げるのはどこか違和感を覚える。

……大切な時に、携帯を開く(見る)という行為に違和感があるのか?

電車であっても、電車に乗っているときの通話は
ノーマナーとして扱われる。
最近はメール等はよくなったようだが。


携帯というのは、他人とのコミュニケーションをとるための機械である。
大切な話はあれど、授業中等に携帯電話を開くことは
普通に考えれば良い印象は与えない。

ここで、携帯電話を他者と話す為の媒体(仲介物)としよう。
携帯電話を開く行為は、真剣な状況にあって、
例えば、ご臨終を言い渡す時にあって
雑談をする為の準備行為に見える。
そう考えればこの違和感にも決着がつくかもしれない。


違和感って難しいね。
具体的に説明できない。
上の文章でもちょっとね……。


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