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2004年04月19日(月)  用法/一日の終わりの少し手前

In those days, I would cry for the moon.


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 街の灯りがやたらと美しく感じられる時間帯がある。夕暮れより少し遅く、夜にはまだ早い。黄昏時とか逢魔刻とか呼ばれる頃だ。空は光の届かない海の底のように青黒い。単に暗いというよりは、だんだんと墨を溶かしていくような、経時的なグラデーション。
 この街の中では少しばかり高い位置にある駅のホームからは、いつもよりくっきりとした光が色とりどりに散らばっているのが見渡せる。いつまでもぼんやり眺めていたいと思わせるような何かが、春の夜の生温い風に乗って運ばれてくる。
 地下へ潜ってしまうのがもったいない。

 味気ない車窓を、爽やかとは言いがたい青春小説でやり過ごす。地下鉄の出口を地上へと向かうと、垣間見えた空はまだ夜の一歩手前。それだけのことが妙に嬉しく、逃すのが惜しいという想いに駆られて残りの数段を駆け上がる。コンビニのライトの鮮やかな輪郭もちょうどいい。 
 バスに揺られて駅から離れるにつれ、空の紺色も深みを増していく。バスを降りれば、そろそろ目に付き始めた鯉のぼりが湿った風にはためいている。昼間こそ赤や青が家々の屋根に映えるが、今は辺りの薄暗さにその蠢きだけが際立って、不必要な不気味さを演出している。明朝にかけて降るという春雨は、この鯉のぼりにさえ物悲しさを与えるだろう。

 雨に濡れた鯉のぼりの悲しみはいつか海に帰るとしても、明日の空がただ晴れればいい。


真 |MAIL