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2003年08月22日(金)  幽霊

あと10分で、10時だ。
僕はかなり急いでいた。
この辺りでは、多くのファミレスは10時から深夜料金が加算される。
値段が10%高くなれば、税込み650円のつもりが715円になる。
結構な出費だ。できれば無駄な金は使いたくない。

やっと仕事を終えて帰ってきた僕は、まず重い荷物を部屋に置き、
それと引き換えに読みかけの小説を鞄に突っ込んで、靴を履き直した。
ドアを開け、マンションの廊下に出る。

このマンションは、1つの階に10くらいの部屋があり、
それが1列に並んだ造りになっている。
僕が暮らしているのは1階で、端から3番目の部屋だ。
その、廊下の端の方から僕の部屋の前辺りにかけて、
最近、電気が点かなくなってしまっている。
目の前は駐車場になっているが、
ちょうど廊下の端の部分に階段が作られているため、
廊下自体のライトがなければ、本当に真っ暗になってしまう。

ただ暗いだけなら、どうということはないのかもしれない。
だが、この暗い廊下の突き当りには、隣のアパートのドアが見えるのだ。
真っ暗な闇の中に、白く浮き上がる洋風のデザインのドア。
イメージするより、実際ははるかにそれっぽい雰囲気がある。
最近は怖いので、あまりをそちらを見ないようにしながら生活してきた。
が、今日は、自然とそちらに目が行ってしまった。

人がいたのである。
二十歳前後の女の子で、緩やかなラインの白いワンピースを着ている。
階段の方を向いて歩いているので、顔はわからない。
僕の目は、その女の子の後ろ姿に釘付けになってしまった。
動きが静か過ぎる。
買い物らしいビニール袋を提げているので何か音がするはずだが、
その女の子の周りからは、音という音が除かれている気がした。
やばい、と思った。
もしかしたら、これはやばいかもしれない・・・。
僕が見つめていた数秒の間、彼女は階段に向かって音もなく歩いていたが、
突然、その足を止めた。
僕の心臓は、彼女の動きとは正反対に、バクバクと音高くなっている。
今にも、彼女がくるりとこちらを向くのではないかと思った。
無表情か。あるいは、思い出すのも恐ろしいような形相か・・・。

だが、彼女は振り向かなかった。
ただ立ち止まっただけだった。
すると、階段の陰になっているところから、ひとりの男が出てきた。
大学生風の若い男だ。
どうやら、彼女は、その男を待つために立ち止まったようだった。

何だ。
別にただのカップルじゃん。

そう思って、僕はすぐに目的のファミレスに向かった。
階段を上っていった彼らの姿が、
その後本当に掻き消えなかったのかどうかは、
だから僕にはわからない。


真 |MAIL