くうそうえまきぞら。

幸福論 2001年10月15日(月)

こんな事を考えるのは決まって現実逃避なんだけどね。
浮かんでくる事は、全て建前かもしれないんだけどね。




偶然と必然。




例えば、両親がであった事。
そして自分が生まれて、小学校行って、中学校行って、そしていろんな仲間が出来て、高校に入って、皆とであって、いろんなことがあって。

これは、全て偶然かもしれない。

少なくとも、私が中学3年生の時に、今の高校に決めなければ、皆とは出会えなかった。



でも、もしかしたら、全ては神様の書いたシナリオ通りに進んでいるのかもしれない。
全ては運命。


でも、そう考えるよりも、
『日常全てが偶然の積み重ね』って考えたほうが、春かに素敵な気がしないかなぁ?






一番の偶然は、『私』が『私』としてこの世に産まれてきたことだと思う。

一億(だったっけ?)ものかずの精子の中からたったひとつと、たったひとつの卵子が出会って生まれたって言うこの体。
ひとつ違ってても、『私』って言う存在は産まれなかった。

たとえ、産まれた子どもに同じ名前をつけたとしても、それは『私』じゃない。
こんな性格で、こんな考え持って生きてきたのは、今いる『私』じゃなきゃ出来ない事だと思うから。



偶然にも与えられた『人生』ってこと。


それを少しでも長くするが為に

私ははいつくばってでも小さな幸福を探そうとしているのだと思う。

無理にでも、幸福を作り出そうとしているのだと思う。




少しでも笑う事が出来たなら
それが大きな救いとなるのだから。


sora

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