現在午前2時13分。 寒さによって目が醒めた。 好きな子をレイプされて絶望する夢を見た。
母からのLINEはまだ入っていないようだ。
家族で海水浴に行く夢を見た。 父や祖父も居たっけな。 現在午前5時59分。 寒さによって目が醒めた・・・
母からLINEの返信が着ていた。 今日午前11時に三宮で待ち合わせしよう、との事。 忘れないようにしよう。
現在午前7時25分。 風呂に入ってシャワーを浴びた。 寒い・・・
眠くなってきたので横になる。 午前10時に鳴るように、目覚ましはかけておこう。 現在午前7時30分。
現在午前9時17分。 しばらく横になっていた。 仮眠はガッツリ取れたかな。
現在午前10時00分。 脇腹が攣ったので漢方薬を飲んだ。 さて、三宮に行ってこよう。
現在午後15時08分。 三宮から帰ってきた。 午前11時に母と三宮で待ち合わせだったのだが、母が同じマンションに住むGさんとのトラブルの件で管理人さんに呼び止められて話をする事になったとかで、少し遅れてやってきて。 俺はその間、持参したジャンプを読みながら時間を潰して。 午前11時を10分ほど過ぎた頃に母がやってきたので、そこで合流。 俺が肉が好きだからと、今日はステーキを食べさせてくれるのだと言う。 俺は、誕生日にカツカツ過ぎて焼肉に行けなかった事、なので焼肉に行くのはまた後日にする事にした旨を伝えると「今日のステーキで、その焼肉の分も兼ねたらええやん」と言われたので、そうする事にした。 ステーキ屋さんの前で30分ほど列に並んで待っていた。 椅子が出されていたので、椅子に座って待っていたのだが、母に「あんた寒いん?震えてるで」と指摘され。 俺も指摘されるまでもなく、自分が震えているのは自覚していたのだが、指摘されてしまった事によって、更に動揺が広がってしまって、余計に震えるようになってしまった。 震えてた最初の原因は寒さによるものなのか、久方ぶりに人と接しているからなのか、原因がよく分からなかったけど、震えを指摘された後で広がったガクガク感は間違いなく動揺によるものだと思う。 ステーキ屋さんの順番が回ってきて、座席に就いた。 ステーキを待っている間とかに「ちょっととん服の薬飲むわ」と、自分が動揺している事を母に説明した上でズボンのポケットに持参していたとん服の薬を飲んだりした。 母はステーキセットを頼み、俺はステーキのラージとライスとコーヒーを頼んだ。 母のステーキセットに付属していたスープがミルクっぽいとかで、牛乳が駄目な母は俺にスープを勧めてきたので、俺が母の代わりにスープも飲んだ。 ステーキ自体はミディアム焼きにしてもらった。 母はミディアムとウェルダンの中間くらいの焼き具合で、と頼んでた。 ステーキは美味しかった。 脂身も柔らかかったので、粗悪なステーキを食べた時みたいに脂身が固くて喉に引っかかる事も無かったし、良かったと思う。 ステーキ屋を後にした後、母の先導で俺たちは元町の服屋さんに向かった。 そこでEDWINのジーパンを母が買ってくれる事になり、裾直しを頼んだ。 このジーパンが母から俺への誕生日プレゼントだそうだ。 最近以前にもまして太ってきたので、今までよりウエストが2センチ幅の広いジーパンを頼んだ。 裾直しなのだが、今月の26日には出来ているとの事なので、26日以降に俺がまた単身で取りに行く事になった。 母とは、ツムツムでジェダイルークが来なかった事や、俺が粉ものを自作で作りたがっている事などを話した。 タコ焼き器なのだが、母が実家にあるやつをもう使わないからと、俺にくれる事になった。 なので、もう新しいのを買う必要はなさそうだ。 もっとも、俺は熱しやすく冷めやすいタチなので、一回だけ作ってその後ずっとタコ焼き器を放置する可能性もあるのだが、それを話すと「そうなったら、またうちにタコ焼き器を返して」と言われた。 なので、今度実家に行く時はタコ焼き器を持ち帰らせてもらう事になった。 それにしても三宮、喫煙エリアが極端に削られていて、どこもタバコが吸えなくなっていた。 コンビニ前で一回だけ一服したけど、それ以外に吸えるエリアが皆無になってた・・・ そんな感じ。
今日食べさせてもらった260gのステーキ。 味付けは岩塩、ステーキソース?、ピーナツバター味?と3種類楽しめて、とても美味しかった。

現在午後16時26分。 疲れているので、少し横になろうと思う。
現在午後17時16分。 起きてきた。 だいぶ疲れも取れたかな。
GYAOで2004年の韓国映画「私の頭の中の消しゴム」が配信されてて、明日で配信終了との事なので観て行く事にする。 タイトルだけは日本でもCMとかでやってて知ってるんだけど、映画は初見。
右足のふくらはぎのところ、毛穴という毛穴が真っ赤になってて、肌がガッサガサになっている。 夏場は下着のトランクスとTシャツだけで過ごしてたけど、寒くなってジャージを履くようになったので、蒸れてきたんだと思う・・・
現在午後18時50分。 映画は57分のところまで観た。 夜中になったのに、今日は気分が不安定にならないな。 日中に母と過ごして、その時に峠を越えたので、「もう大丈夫だ」と安心しているのだろうか。 俺の心も現金な物だ。
今日、ステーキ屋さんの前で椅子に座って順番待ちをしている時に母と話した事。 母は「誰も、私も、あんたの事見て『ほら、震えてるわ。おちょくったろ』とか思わへんで?あんたの事なんて誰もなんとも思わへん」と。 俺は「それは分かってるんやけど、思い込みが強いからな・・・」と。 母は「そうや。そんなん全部あんたの思い込みやわ」と。 俺は「俺も昔はそういうの全然気にならんかったけど、一回引きこもってしまってからこうなった・・・」と。 そんな感じの事を話した。 母は終始俺を安心させてくれようとしてたけど、俺の震えは治まらなかったな・・・
現在午後20時00分。 夕食を食べながら、映画は1時間3分のところまで観た。 さっき「俺の心も現金な物だな」と自分自身に悪態を付いたので、その帳尻合わせをしようと無意識が作用したのか、また気分が不安定になってきた。 今日は寝る前の薬を飲む。
寝る前の薬を飲んだ。 母が俺の誕生日を祝ってくれた今日という貴重な日も、これで過ぎ去って行ってしまうんだな・・・
生きていくのが辛い・・・ でも、それを辛いと感じてしまうのは、俺をこの世に生んだ両親を全否定する事に繋がるんだよな・・・ 本当に申し訳ない・・・
昔ながらの日本文化じゃ、生き恥に対する自分自身の決着の付け方が切腹という名の自殺なんだよな。 俺にはとても出来そうにないけど。 17歳の頃の経験から、楽な自殺の方法は知ってる。 俺もいつか自殺したりするのだろうか・・・ あの頃は、頭が真っ白になって意識が落ちるギリギリのところで両親に対する申し訳なさみたいな感情が心の奥底から沸いて出て、死を思いとどまったのだ。 前日の夜に、父に「俺は死ぬけど、後頼むわ」とか言って、父も「ああ」みたいに頷いていたけど、翌日結局死にきれず、そのまま何事も無かったかのように日々を生き続けてしまってた。 あの時、父に関して言うならば自殺の許可は取れていた。 おめおめと死なずに生き残った息子の俺を見て「こいつやっぱ情けないヘタレだわ」とでも思われただろうか。 今になっては知る由もないが・・・
16歳から17歳への死にたい地獄の引きこもりから抜け出して、18歳からマクドでバイトを始めて、また日々の忙しさに忙殺されて死を考える事も少なくなっていったけど、ショタっぽい年下の子が新しくバイトに入って、その子を想像してオナったら、それ以来その子に対する後ろめたさからその子の前じゃ常に挙動不審でガクガクするようになってしまって。 周りのクルーからもヒソヒソと「ホモだ」みたいにささやかれ、社員の人からはそれを配慮されてその子と働く時間帯が被らないようシフトを組んでくれていて、返ってその事が「周りの人みんな、俺の性癖知ってるんだ・・・」と、俺の精神を追い詰めて。 結局心に大きな傷というか、トラウマを抱えてバイトを辞めて。 それ以来、働きに出ると「もしもまたショタっぽい子が職場に現れたらどうしよう」と、決まったメンツの日常的な普通の職場に勤める事その物が怖くなり。 短期の派遣でしか働けなくなり。 その派遣でさえ不況の煽りで仕事が取れなくなってしまって、生きていく事が困難になり。 所持金1000円になったところで生活保護を申請。 そしてそれが通って、以来ずっと引きこもり生活。 対人恐怖症やパニック障害は以前以上にひどくなり、今では男女の別なく誰に対しても発症し得る状態になってしまって。 この先、甥っ子が喋れるようになったら何て言われるか、どう接して行けばいいか、それが怖くて怖くてたまらなくなって。 生きていくのがとても辛い・・・
俺にとって地獄はあの世じゃなくて現世にあって。 人と関わるのが怖い、接するのが怖い、人に視られるのが怖い、生きていく事そのものが怖い、自分という存在をリアルで誰かに認識されるのが怖い。 怖い、怖い、怖い物尽くしで逃げ場が無い・・・ それこそあの世にでも行かない限りこの苦しみからは逃れられないんじゃないだろうか、と思えてしまう。
もしも俺が10代の頃にインターネットを始めなければ、この先俺が死んだ時、俺が何にこれだけ苦しんでいたのか、身内は誰も知る由もなく、全てが謎のままに終わってた事だろう。 でも、今はこの日記があるので、俺が生きている間ずっとここの運営が以っていれば、俺の死後、スマホやPCの履歴等から親族がこの日記の存在を知って、俺が何にこれだけ葛藤してたか知ってくれる事だろう。 それを思うと、少し気が楽。 この日記はいわば俺の懺悔の記録だ。
現在午後21時27分。 さて、シャットダウンして寝るか。 母が俺の35歳の誕生日を祝ってくれた今日という日ともお別れだ。
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