リュカの日記

2013年12月28日(土)

今日は午前6時半頃に目が醒めた。
古い方の神戸の実家に居る夢を見た。
そこに、「小学6年、△○連合」と名乗る子供が居た。
昭和58年生まれで、俺の1個下だと言っていた。
△○連合というのは大阪のヤンキーグループで、俺も名前だけは知っていた。
いかつくて不細工な顔をした子供で、将来どんないかついヤクザ顔になるか想像出来るような子供だったけど、子供は子供。
俺は「俺、その近所に昔住んでたよ」と伝えた。
部屋を暖めてやったり、色々としてた。
すると親父が出てきて、俺を散々罵倒してきた。
俺が「こんだけ寒がってるんだから」と理由を説明しても、罵倒罵倒。
俺もブチギレ「死ね、糞親父!!!」「お前が死ぬまで一生口聞かん!!!」「お前が死んだ後、俺もお前もあの世に行っても永遠に口聞かん!!!お前とはもう永遠に口聞かん!!!」と言った。
母親が出てきて「あんたは悪くないけど、お父さんも悪気があって言った訳やない。お父さんも誤解してるんや」と言ってきたけど、俺はそれでも親父が許せなかった。
夢から覚めた。
何か、残念な気がした。
夢の中とはいえ、これだけ親父に悔しい思いをさせられたのに、結局全部夢だったので、それを現実の親父にぶつける事が出来ないんだ、というのがとても残念で。
そんな感じ。

去年の日記で、12月27日、数年前にポストに俺が中退した大学から「大学を中退した方々にお伝えします。通信教育で大学を卒業してみませんか?」というお知らせが着ていて、それを捨ててしまって、それ以来その封筒が来なくなってしまった事について触れていた。
一度捨てても、何度も何度も送られてくる物だと思ってたんだけど、誤算だったな・・・
年間100万円の学費が、通信教育なら34万くらいになったっぽいのに。
残念で仕方がない。

母親に電話した。
「9時過ぎにはそっち着くと思うから、神戸の家行っててええで」と。
母親は「ありがとう、ありがとう」と。

現在午前9時05分。
病院に到着。

俺と入れ違いになる形で母親は神戸に向けて病室を出て行った。
俺が親父に「今日親父と喧嘩する夢見たわ。めっちゃ言い争ってた」と言うと「何で争ってたんや」と言われたので、「子供が寒がってたから俺が部屋暖めてやってたら親父が文句言いまくってきた。それで俺が『何で俺が文句言われなあかんねん』って言って喧嘩してたわ」と。
親父は「そんな事で俺が文句なんか言うかい」と言い、俺は「まぁ、夢やからな」と。
親父は「○○(俺の名前)とはよう喧嘩しよったな。喧嘩なんかしても、何もええ事ない」と。

病院の外でタバコを吸っていたら、火のついていないタバコをくわえた病院着を着たおっさんが近づいてきて「ライター貸して」と言ってきたので、タバコに火を付けてやった。
俺が「付いた?」と聞くと「付いた。ありがとう」と言い、おっさんはどこかに歩いて立ち去って行った。

現在午前11時32分。
親父は機械浴の為に看護士さんたちにストレッチャーで運ばれて行った。

城崎の、俺にだだ甘な伯母がお見舞いに来てくれたので、2人きりの時に色々話した。
伯母が「○○君、お母さんやお父さんからきつく言われたりしてきたやろうけど、それも愛情表現やねん。私もT(伯母の息子、長男)の事叩いてきたし、Tも私の事『鬼か悪魔や』って思ってた時期もあったみたい。私は『私は本当は叩きたくないねんけど、あんたの為なんや』ってお尻ペシペシ叩いたりしてた」と言ってきたので、俺は「そんなん全然可愛いもんやんw殴ったり蹴ったりした事あるか?」と言い、伯母は「いや、殴ったり蹴ったりした事は無いわ・・・」と。
そこから、俺は母親と父親からどういう風に育てられたのか、という事を伯母に洗いざらい話した。
でも、全部は話し切れてないな。
話そうと思うには、俺は数えきれないほどの虐待を受けてきたので、全部を話そうと思っても話しきれない。
大雑把な事だけ話した。
俺が親父に家を追い出されて、家のドアに鍵をかけられて、裸足のまま外に放り出されて寒い公園で過ごす事が多かった事などを話すと、伯母は「それは育て方としてはえげつないわ・・・」とドン引きしていた。
あと、母親に蹴られたり殴られたりしてた事を話し、伯母は「お母さんも育児ノイローゼになってたんちゃうかな・・・」と。
震災後、大阪に住んでいた時、俺と親父が言い争っている時に母親が俺に向けてガン!と椅子を蹴ってきて、それが俺の鼻に当たって鼻血がボタタタと垂れてきて、母親が「どうや!」って顔をしてた事とか。
伯母は「それはちょっと、虐待やね・・・」と。
そんな事を色々話した。
そして、伯母が「○○君は大切な多感な時期をそんな風に育てられて、色々心の中に欠けてる物があるんちゃう?」と言ってきたので、俺が「俺、確かに感情とか薄いと思う。『怒り』だけは人一倍強いし、この前も電車の中でおっさんと揉めたけど(そこから、おっさんと揉めてどうなったかの経緯を全部話した)。それに、母親も『○○は確かに感情薄い』って言ってた。俺、悲しんだり人を思いやる気持ちが殆ど無いと思う。この病院通いだって、親父の事をいたわってってよりも、『息子やったら、普通はこういう風に通うんやろうな』って考えて、それで『そうすべきやから』ってので通ってるだけやし」と。
伯母は「○○君、そんな風に自分を責めんでええんやで。そういう考えで通ってるにしても、それはほんまに立派な事や。ちゃんとした愛情やねんで」と言ってくれた。
昼過ぎになり、『ワチ』という場所(漢字も県も分からない)から夫妻が病室に来てくれて、「○○君、小さい頃私たちの家に来たんやで。○○君、虫大好きやったから、虫の事で色々私に聞いてきた」と夫人の方が言ってきた。
俺は「覚えてないですね・・・。でも、確かに自分、虫大好きでした。毛虫まで集めてたしwでも、今はゴキブリもよう触れん、虫大嫌いになりました」と。
夫妻が帰って、またしばらく伯母と話してた。
「俺はT君はめっちゃ良い人やと思うけど、N君(伯母の息子、二男。俺の嫌っている例の従兄)の事は実はめっちゃ嫌いやねん。親父と前言い争いになった時、N君が親父に加勢してきて『引きこもりの癖に』『働きもせんと』とか言われて、それから大嫌いになった」という事を話した。
伯母は「それって、車の中で?」と言い、俺は「そう、車の中で。おばちゃん知ってるん?」と。
伯母は「Nから聞いた。あの時○○君、『N君なんか大嫌いや!!』って言ったらしいな。Nめっちゃびっくりしてたで」と。
俺は「いや、俺はそれは言ってないと思う。心の中じゃ強く思ったけど、口には出してないと思う」と。
伯母は「でも、Nも悪気があって○○君にそんな事言うた訳やないよ」と言ってきたのだが、俺は「N君、実は俺の事めっちゃ見下して見てるんやろうなって、ずっと思ってきた」と。
伯母は「本当にNが○○君の事を悪く思ってるなら、私に言ってくるし。私たちの家に○○君たち家族が来た時、○○君の事『家に入れないでくれ』とか言ってくるはずやから。それだけはないわ」と。
その俺が嫌っている、俺の10歳上の従兄のNについて、色々と話してた。
夕方になり、母親が神戸から帰ってきた。
「○○、今日は早く来てくれてありがとう、ありがとう。めっちゃ助かったわ」と言ってくれて、伯母に散々母親から受けた虐待の話をしてしまってた俺は、居心地が悪くなってしまって、少し挙動不審になってしまった。
伯母が「私はそろそろ帰ります。○○君、タクシーで一緒に乗せていくから」と言ってきたので、俺もJR大阪駅まで伯母の拾ったタクシーに乗せてもらって途中まで一緒に帰った。
帰る時、伯母に「今日おばちゃんに色々と話してしまったけど、それ母親には絶対に言わんといて。俺ももう母親の事は許してるし(親父の事は許してないが)、母親もそんな俺が子供の頃の事とかぶり返されて『恥をばらまかれた』ってなって、俺らの関係がぎこちなくなってしまう可能性があるから」と。
伯母は「分かってる。今日☆☆さん(俺の母親の名前)が帰って来た時も、私、○○君に都合の悪い事は、話さんようにしてたし。これからも話さへん」と言ってくれたので、俺は「ありがとう」と返した。
そんな感じ。
自宅にて、現在午後20時22分。

市役所から、生活保護更新の通知みたいなのが着ていた。
手続きみたいなのをするのは、年が明けてからでいいかな。
最近バタバタしてるし。

右人差し指の爪の付け根に逆向け?が出来てしまって、ジンジン痛い・・・
今日、病室に居る時、ごはんを食べた後に上前歯の詰め物を触っていたら、またまたボコッと詰め物が取れてしまった・・・

今結構疲れてる・・・
今日はGyaOで「ハンターハンター」をたくさん観ようと思っていたので、スーパーでお菓子を結構買ってきたけど。
体力持つかな。

現在午後22時09分。
お菓子を食べすぎて気持ち悪い・・・
まだ「ハンターハンター」1話分しか観てないってのに。
満腹中枢壊れてるんだろうな、俺。
少し、吐きたい気分だ。

これだけ理解を示してくれる伯母なんだし、親父が死ぬ事に関して色々爆笑しそうになってしまった事、実際に後からケタケタ笑ってしまった事なんかも話して良かったかもしれないな。
いや、でもさすがにそれはドン引きされるかな・・・
「俺は心が壊れてるから」と説明すれば、理解してくれただろうか。

今日伯母と話してて、「母親が俺を殴って、俺が弟を殴って、それが見つかってまた母親が俺を殴って、の負の連鎖やった」と言った時、伯母が「□□ちゃん(親父の名前)、『○○が××(弟の名前)に嫉妬してるんやと思って、一回○○だけ連れて旅行に行った事がある』って言ってた」と。
俺は「ああ、それ覚えてる。淡路島やろ。俺がトイレでパンツ流してしまって」と言い、叔母は「その時、□□ちゃん、『○○一人だけ連れて旅行行ったけど、○○はめっちゃええ子やった』て言ってた」と言ってきた。
あと「□□ちゃんがあんなにワガママになってしまった事について一つ言い訳させてもらうと、□□ちゃん、小さい頃に肺炎になって、それからおばあちゃんが□□ちゃんを大事に大事に甘やかしまくって育てて。それであんな好き放題な性格になってしまったんやと思う」と言っていた。
俺は「ワガママってより、弟へのひいき、俺への差別が激しすぎるって感じやったけど」と。
また、俺は「霊感持った子に親父の事相談した時、親父はおじいちゃん(俺から見て父方の)を凄い尊敬してて、それで『それにならおうとしてそんな感じになってるんや』って言ってた」と。
伯母は「おじいちゃんはめちゃくちゃ厳しい人やったけど、一度も□□ちゃんに手を上げた事ないで?」と言い、俺は「嘘お!?ほんまなん?俺なんて親父にしょっちゅう殴られよったけどな」と驚いた。

俺が小さい頃は母親が怖くてたまらなかったからパパっ子で、でも親父は仕事一筋で俺に対して「邪魔や!」って感じだった。
それで、俺が10代になってから親父に食事や遊びに誘われる事があったけど、今度は俺が「何を今更」って感じで全部断るようになった、と言うと、伯母は「○○君とお父さんの間で、ボタンの掛け違えがあったんやと思う」と言っていた。

この伯母になら、俺が男の子に興味を持ってる事も話していいかもしれない。
決して口外はしないだろうし。
でも、「リアルで人に打ち明ける」って事に極端なまでに抵抗あるからな、俺・・・
結局、伯母が死ぬまで打ち明けられないままかもしれない・・・
今まで、一度としてリアルで誰かに打ち明けた事は無いし。
俺がショタコンだって事を前提で、それを知った上でオフで会ったエタカのmito、おこじょ番長の2人は別だけど。
事前に、俺がショタコンだと知らない人に「男の子に興味ある」とリアルで打ち明けた事は一度も無い。

親族間で性の話題はタブーだもんな。
俺がもしショタコンじゃなくてロリコンだったとしても、普通に普通の成人女性だけが好きだったとしても、性の話題はやっぱり打ち明けられないよな。

少年時代「早く(俺自身の)少年期が終わればいい」と思ってた。
そしたら、自分の周りに少年が出てくる事が無くなるだろうし、と。
でも、大人になって、大人になった事によって同時に、「少年と付き合える機会を逃した・・・」と後悔してしまう自分も、確かにそこに存在している・・・

そういえば今日、俺の財布に最初から付いていたゴム鎖がだいぶ前から切れてしまってて、だらしなくぶら下がっているゴム鎖を、前々から母親が「それみっともないから何とかし」と言い続けてきたので、今日母親に「そんなに言うんやったら、これハサミで切りいや」と言い、母親に切ってもらったっけ。
虐待話を伯母に話してしまった後ろめたさから、今日の出来事としてあまり意識に留めていなかったけど。
でも、俺が大学に通っていた頃から付いていたゴム鎖とも今日でお別れとなった。
母親が「これ(切ったゴム鎖)捨てとく」と言ってたし。

今日伯母に「○○君、笑ったらあかんで?w」と言われ、俺が「何、何?」と聞くと「○○君に千円だけお小遣いあげるw」と言われて、俺は「ふっw」と笑ってしまった。
千円札を貰った。
でも、そのお金でお客さん用の缶コーヒーを6本買い足してきたので、プラマイゼロ近くかな。
6本で720円したし。

日記に書いてて思うんだけど、俺はこの伯母の事が心の底から本当に大好きなんだと思う。
もしもこの先この伯母が俺より先に死ぬ事になったら、俺は号泣するかもしれない。
親父が死んでも泣かないだろう、この俺が。
間違いなく、俺が親戚の中で一番好きなのはこの伯母だ。

今、伯母が死ぬ事を想像しただけで、目頭が熱くなってきて、鼻を少しすすり出してしまった。

まだ「ハンターハンター」を1話分しか観ていないけど、今日はそろそろ寝ようと思う。
53話目まで観た。
現在午後23時40分。

そういえば今日、看護士さんが親父に「(12月の)31日、おそばとおうどんどっちにされます?ごはんも付けれますけど」と言い、親父は「そばだけでいいです」と答えてた。
病院って、ちゃんと年越しそばとかまで用意してくれるんだな。
クリスマスイブにはケーキも付けてくれたみたいだし。

親父が31歳の頃に住んでいた市に、今、31歳の俺は住んでいる。
これも何かの縁だろうか。

俺は今31歳、親父は今62歳。
ちょうど親父の半分の年齢だ、今の俺。


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