リュカの日記

2008年02月24日(日)

現在午前5時56分。
PCの音が五月蝿いとかで、隣人夫婦から苦情が来た。
以前にも一度そういう事があって、こちらも素直に「すいません」と謝って音も小さくしていたのだが。
その後延々と、高圧的な態度でネチネチネチネチ文句をつけられ。
でも、その時俺は、言われるままに小さくなっているよう勤めてた。
そして今回。
またまた隣人夫婦がやってきて、嫌〜な言い方で文句をつける。
なので、今回もまた俺は「すいませんでした・・・、以後気をつけます」と謝罪した。
しかし、それでも奴らはネチネチネチネチ。
まるで、「責めれる時に責めてやろう、今がチャンスだ!これを逃せば損なんだ!」とでも言うかのように「うるっさくて眠れへんねん!」「あんたなあ!」と罵倒文句を繰り返す。
さすがに俺もブチギレて、「はい、すいませんねぇ!小さくしますんで!」と怒鳴り返して、そのまま踵を返して部屋に戻った。
こっちの音が五月蝿かったのは悪かったけど、こちらがそれを認めて謝った後まで、ネチネチネチネチ腕組みしながらあそこまで居丈高に延々と怒鳴られ続けるのは割りに合わない。サンドバックにしようと言うのか?
あっちもあっちで、何か凄い嫌な奴。
今回の俺の態度で更に何か言われるようなら、俺も敬語を辞めてタメ口で怒鳴り返す事になる。

現在午前7時08分。
隣人の事とは別の件で、今日もまた我が家の卑怯者(親父)と言い合いになった。
気分悪ぃ・・・

色々と嫌な事でゴタゴタしたけど、るろうに剣心の星霜編は深夜の間に最後まで観終える事が出来た。
昼頃に配水管の点検が来て、点検が終わった後俺はタバコを買いに外に出た。
少しだけ雪が降ってた。
家に戻った後、ニコニコで「ショーシャンクの空に」という映画を観た。
この映画が名作だと言われているのは知っている。
そして、知り合いから観るように薦められた事もある。
しかし、俺はこの映画をずっと敬遠し続けていた(刑務所の囚人というものに嫌悪感を持っている、というのも強い理由)。
実は、子供の頃に親父がテレビで観ていたのを横からかいつまんで観た記憶がある。全編通して観ていた訳ではないけれど、「途中からだけど観た事がある映画なんだ。だから、これを観る時間があるなら、知らない映画を観た方が得なんだ」となかなか観る気になれずに居たのだ。
でも、気まぐれみたいな感覚で、今日改めて観てみる事にしたのだが、やっぱり面白い映画だったと思う。
予想以下でもなければ、予想以上でもない面白さ。
観た後受けるだろう感動の度合いが、あまりに想像通りだったので、そういう意味では少しガッカリ。
と言うのもおかしいか。期待通りと言うべきだろう。
内容の中で、個人的に特に印象に残っているのが、無実の罪で投獄された主人公に対する欺瞞に満ちた理不尽な仕打ち。
こんな卑劣な仕打ちを受けてしまって、本当に、悔しくてはがゆくてたまらないだろうな、と。
でも、この主人公は「自分の運が最悪なのだ」という事や、また「欺瞞に満ちた卑劣で理不尽な仕打ちを受けているのだ」という事を周りに理解されている。
度合いの差こそあれ、そういう意味じゃ俺より大分救われる。
俺なんて、どんなに不運を嘆いても、どんなに卑劣な欺瞞に対して反発しても、「思い込み」だとか「妄想だ」とかで誰にも取り合ってもらえないのがデフォだしな。
「欺瞞なんて存在しない」「お前が馬鹿だから話が出来なくなっているのだ」と。
また、物語に出てくる卑劣な悪党は、第三者が介入しない場では開き直って「そうだ、お前を罠に嵌めてやったんだよ。でも、それを他言したところで無駄だぞ?誰もお前の言う事は信じないw」と、己の悪事を自白する。
非常に分かり易いと思う。
でも、物語ではなくリアルの世界じゃ、卑劣な奴は、第三者が介入しないような場であろうとも、そして既に言い訳が利かないような状況だろうと、「お前が何を言っているのか分からない」「身に覚えがない」と白々しくすっとぼけ続ける場合がデフォだと思う。多分、9割以上の奴がそうだろう。
現実の世界(ネットも含めて)も、物語のようにこれだけ単純だったらいいのにな、とつくづく思う。
現在午後14時52分。
今日は少ししたら寝ようと思う。
因みに、この映画は1994年の製作だそうだ。
何度か書いたが、やはり94年は良い映画が多いと思う。
「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」とか「ジム・キャリーはMr.ダマー」とか、まだまだ他にもたくさんあるだろうけど。


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