リュカの日記

2007年12月20日(木)

今日は午前5時過ぎに目が醒めた。
PCを見ると、メッセの子からメッセが入っていた。
昨日俺に報告してきた出来事について、凄く荒れてる様子だった・・・
メッセージは午前1時前くらいで途切れていたけど、午前5時前まではログインしていたようだ。
何か、凄い危機みたいになってるこんな時に、嫌なタイミングですれ違ってしまったな・・・
現在午前6時44分。

現在午後12時03分。
今日の授業は2時限目から4時限目まで。
C言語について、昨日学校に居る間に読んだ部分を実践しようと思ったので、俺は今日も2時限目をサボって家に居る。この時間なら、家に親が居ないから。
しかし、昨日読んだ部分を読み返し、いざ実践してみようと思ったその瞬間だ。
『パヒョーン!!』
立ち上げていたメッセから、突然着信アラームが鳴り響き、頭の中が真っ白になってしまった。
心が乱され、俺は気持ち悪くてたまらない気分になってしまった・・・
もう、モチベーションは取り戻せない。
いつもこれだ・・・
まるで、出鼻というのはことごとく挫かれなくてはならないものなのだと、最初から運命付けられているかのように。
少なくとも、俺に対して世界はこういう法則で動いてる。(他の人間に対してはどんな法則を持っているのか知らないが)
もううんざりだ;;;;;;
授業までサボって機会を待っていたというのに、これで全て台無しだ・・・
糞が!!!!!

俺に対してこの法則が働かないというだけで、俺の人生はずっと違ったものになっていたに違いない。
今までも、この法則が働くたびに、何者かの意志らしきものを痛感してきた。
俺は物心付いた頃から今になるまで、ずっと神、またはそう呼ばれるような力を持った存在が実在している事を信じてる。
世界には沢山の宗教がある。
そして、何々教、何々教といった風に、それぞれの宗教が別個のモノとして区分けられている。
現実に、超越した世界や存在を見てきた人間も居るのだろう。
でも、俺は宗教というのはそれぞれ同じものを指して、それを見てきた人間達が国々で別々の解釈を行い、勝手に区分けているだけだと思う。
Aという世界を見てきた人間達が、それぞれ「これは仏教の世界なのだ」「これはキリスト教の世界なのだ」と解釈し、都合の良いルールを無理やり当てはめてグループ作りをしているだけで、それぞれの宗教が信じている超越した世界や存在というのは、実は一つの同じものである、というのが俺の考え。というか価値観というか、子供の頃から当たり前の事のように持ってきた感覚。だから、俺は特定の宗教を絶対的に信じる事は今まで無かったし、これからも無いと思う。
でも、全てを見通し、そういう運命みたいなものを操ったりする力を持った者が存在しているんだろうな、というのは確信してる。
しかし、それが公平で、善を象徴するような存在だと思った事は一度も無い。だから、それを崇拝しない。
国を代表する権力者が「善人か?」と考え、決してそうではないのと同じように。
というか、そういう存在には「権力者」に対する「国民」のように、体面を保たなければならない相手が居ないだけに、かなり好き放題歪んだ喜びを満たし続けてるんだろうな、と。

こんな事を主張すると、また『あいつは頭がおかしいんだ』みたいなレッテル貼りをされるのが常だけど。
実際に鬼を見てきた人間だって存在している。
「神やそういった生き物というのは、人間の弱い心が作り出した妄想で〜。だから実在しないんだ」みたいな、『俺って分かってる奴なんだぜ〜』みたいなアピールがしたい為だけのつまらない主張をする奴が俺は大嫌いだ。
もちろん、色んな人間が色んな所で話す不思議な体験談、その全部を全部妄信するのは馬鹿だけど。
「俺は超能力を持っているんだ」「俺は神に会ってきたんだ」と嘘を付くような人間だって腐る程居るしな。
と、こんな事を色々考えているうちに、先ほど出鼻を挫かれた気持ち悪さが少しだけ回復していた。
今判明している俺に対する世界の法則の一つ。(この法則は数年間崩れていない。いつか別の法則に取って代わる事があるのだろうか)
『俺が何かに取り組もうとすると十中八九妨害される。けど、その妨害したものについて考えたりまとめたりする事は許されている。それについては妨害されない』
そんなに俺の意識に割り込みたかったの?このしゃしゃりが!って感じだな。

現在午後17時16分。
結局、今日は学校をサボってしまった。
いつもこの時期になると、大学で行われるクリスマスパーティーの告知が色々な所に張り出される。チケット1枚500円くらいで。
しかし、今年は一度もその告知を見かけない。
今年は行われないのだろうか。
3年くらい前から毎年参加するようになり、結構楽しみにしてたのに。
因みに、去年はビンゴ大会で当選して2.3000円くらいの商品をゲットした。

俺自身が世の中に愛想をつかして人生に絶望してるのに、どうやって他人に生きる喜びみたいなものを伝える事が出来るのだろう。
口からでまかせを並べ立てて「人生はこんなに楽しいものなんだ」とでも言えばいいのか。
でも、そんな自分自身でも信じていないような薄っぺらい概念を口にしたところで、結局相手の心に響かない・・・
本当、俺自身がどうしようもなく薄っぺらい・・・
俺は、そんな命を掛けたような大きな問いを投げかけられる場面には、全然相応しくない薄っぺらい人間なのに。
何だかとても不相応で、それが後ろめたく感じる。

もう、ショックや後ろめたさを感じる事にも慣れすぎているような気がする。
それとも、単に直視しないよう意識を反らしているだけなのか。
意識を反らす事に慣れてしまった、と言う方が正確だろうな・・・
じゃなきゃ、こんなに落ち着いていられない。
現在午後19時36分。
メッセの子の事でも、また別の年下の事でも気がかりな事態になってしまったけど。
今日も、もう少ししたら寝ようと思う。

不安感と後ろめたさで息苦しい・・・


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リュカ

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