リュカの日記

2007年12月02日(日)

今日は午後12時過ぎに目が醒めた。
頭の中が飽和状態になっていて思考や感情が全く働かない。頭痛がする。
現在午後13時04分。

図書館で本でも読もうと思って学校に行ったが、既に門が閉められていたのでそのまま引き返して帰ってきた。
25歳になってからというもの、五月病みたいに気持ちが退廃的になっている気がする。
これからの人生はあくまでオマケ。
いつ終わっても不思議じゃないし、生きている方がおかしいんだ。
そんな感覚があるのかもしれない。
頭も全然働かない。
昨日から暖房を付け始めたので、頭が働かないのはそのせいかもしれないけど。
「もしも時間が今から10年ほど撒き戻ったら」
しばらく、そんな妄想に浸ってみたりもした。
そうなったら、俺は家の中でも考え事が出切るように、家を出たりするのだろうか。
まだ、一人暮らしで働いてる方が、今より考え事をする時間が持てるような気もするし。現在だって、家に居る間も全く落ち着く事が出来ないし。
家族が居ると、俺は自由な時間を実感出来ない。
まだ行動力もモチベーションも有り余っていた時期に、家族とは縁を切っておくべきだったのかもしれない。
とか、そんな事を考えていた。
でも、例えばそれで働きながら定時制学校にでも通うとしたら。
「生きる事」「生活する事」に神経の多くを集中させなくてはならなくなって、やっぱり考え事に浸り続けるどころではなくなるのかな、とか。
一人暮らしで引き篭もり続けるにはどうすればいいんだろう。
それが出切るのはネオニートと呼ばれているような連中だけなのだろうか。
やはり、そういった連中のように、特別な知識や才能、モチベーションを持っていないと、そういう生活は出来ないものなのかな。
それでも歳は取っていく。
ずっと引き篭もり続けながら、何十年も過ごし続ける。
それもやっぱり虚しいのかな。
仕事をして結婚して。それが普通の理想的な人生みたいに言われてる。
でも、そうした生活を浮かべても、俺には虚しく感じてしまう。
たとえ俺がショタコンじゃなかったとしても、家庭を築くとかそういう事には何ら魅力を感じなかったと思う。何が嬉しいのか、何が幸せなのか分からない。
そういう当たり前と言われる生活をしながら人生を全うするのも、引き篭もり続けて人生を終えるのも、どちらも俺には虚しく感じる。
ああ、「人生」というものそのものが、俺にとっては虚しい形に出来ているんだ。どんな形になったところで、俺は人生というものを嬉しいものとして受け取る事が出来るような性格でも、人格でもないんだな。そういう風に産まれ付いているのか。
そんな事を考えていた。
現在午後20時51分。
虚しい。


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