リュカの日記

2006年11月08日(水)

もう嫌だ・・
人生には、かつて俺が求めた救いは存在しない。
温かさもない。
あまりにどうしようも無さ過ぎて、そういう事実が溢れ過ぎてて、
以前の価値観で望んだ世界を、二度と感じる事は出来なさそうだ。
心を乾かす事くらいしか、俺には出来ない。
俺はもう終わり切ってる。

映画「ダ・ヴィンチ・コード」を観た。
フランス語の授業や西洋史の授業でよく話題に挙げられたり薦められたりしたからだ。
映画内容は、俺にはよく理解出来なかった。
映画の中で「マグダラのマリア」とされているのは、本当はヨハネという最年少の弟子であり、ダ・ヴィンチ・コードは嘘ばかり、という事を以前授業で聞いていた。
そんな先入観もあってか、あまりのめり込んで鑑賞する事は出来なかった。
ユダヤ教とキリスト教の大きな違いの一つは、「罪」に対する捉え方らしい。
ユダヤ教は罪を裁く宗教で、キリスト教は罪を許す宗教である、と。
キリストを神と捉え崇め始めたのは、「罪を許す」教えを都合良しと受け止める罪人達だ。
キリスト自身は生前、自ら「私は神だ」と言うような事は無かったらしい。
その他にも、当時の人間達の都合によって色々と事実や教えが捏造されたり。
そんな事を授業で習い、個人的にキリスト教というのは嘘臭い宗教だな、と感じる。
哲学やら精神分析やらで、よくデカルトという学者の名前を耳にする。
デカルトは、人間の精神と肉体は合一の存在であるのか、または分離した存在であるのか、を研究していたらしい。
その研究には、神や霊の存在を前提として組み込んで。
しかし、デカルトの言う「神」とは、キリスト教の神である事が前提らしい。
一番繁栄している宗教であるキリスト教の神を前提に考えて、
個人的には、何だか大衆や風潮に対する媚びみたいなものを感じてしまう。
坂本竜馬が「異国に打ち勝つだけの国力を蓄える為には幕府の力も必要だ」みたいな、当時絶対的権力を握っていた幕府の顔をも立てるような主張をしていたのと、同系列の媚びに感じる。
授業等の受け売りも多分に含まれているんだろうけど、一般的に強く支持されているような物事に対しても、俺は懐疑的になって受け入れられない。
何事においても、「媚びているつもりはない!自分は心底それを信じているんだ!」というスタンスを持ちながらも、大衆への媚びを含ませたような価値観や体制でなければ、広く支持されるような事は無いんだろうけど。むしろ、そういった欺瞞を差し挟んだ物事こそが、支持を得る為の絶対条件。
例えば、ショタコン野郎を諭そうと思えば、説得内容のどこかしらにショタコンに対する肯定的要素を含めなければ成功しない、とかな。
本当、人間って糞だな。

色々考えたかったのに、逐一家族に邪魔された。
現在午前9時52分。
意識の深いところに沈みそうになった瞬間、逐一誰かが妨害してくる。
さっき沈んだ深いところに引き返し、その続きを考えたくて、何度も何度も挑戦するけど、それでもその度邪魔される。
弟が洗面所での長い長いファッションチェックを切り上げて、家を出て行ったのが午前9時40分過ぎ。
午前10時過ぎには家を出ないと学校の授業に間に合わないのに。
「考え事がしたいなら、学校に向かう時間を遅らせろ」と、そういう事だ。
弟がファッションチェックを始めた時点で分かってた。
絶対に、俺が家を出なければならない時間が迫るまで、こいつは音を出すのを辞めてくれない、と分かってた。
そして、まさにその通りになったという訳。
俺は自分の時間を他人に勝手に使われる事には耐えられない!!!!!!!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

妨害される以前の意識に戻したくて、横になって落ち着こうとしていたら、いつの間にか眠ってしまった。
午後17時頃に一度目が醒めたけど、もう5時限目の授業にも間に合わないからと、そのまままた眠ってしまった。
午後21時頃にメッセの子からのメール音で目が醒めた。
結局今日も学校には行けなかった。
色々と意識内の問題について考えたくて、妨害されて、必死でまた意識の中に戻ろうとして、妨害されて。その繰り返しで。
もう、生活破綻しまくってる・・


 < 過去  INDEX  未来 >


リュカ

My追加