メガビのショタコン板に、俺がショタコン野郎を通報している事を知らせるスレを立てに行った馬鹿が居た。 さらに、そのスレに、以前俺に対して「災害や戦争など汚いものを経験した事の無いお前に、ショタコンが汚いものだと何故言える」みたいな事を偉そうにほざいた下衆野郎が現れた。 俺が「自分は阪神大震災の被災者だが?」と告げると、「汚いものを"それほど"経験していないお前が」と、自分の意見を都合の良いように後付け改竄し、さらに2chにまで助けを求めに行きやがった、ここでも書いたあの卑劣で下劣なショタコン親父だ。 そいつが今日また俺の前に現れた事に胸糞が悪くなり、俺はそのスレに書き込んだ。 幸いな事に、そのスレには他にもショタコン逮捕を望む人間が何人か居たので、書き込みついでに警察へのメールフォームアドレスを残しておいた。 嫌が応にも気になって覗いてしまうショタコン板。 俺は今まで、上部に上がっているスレッドのみを対象に、たまに犯罪レスを見つけては通報していた。 気になる板ではあるものの、性犯罪者の下衆野郎共がひしめきまくっているあんな胸糞悪い板を、ディープに細部まで巡回して回るのはキツかったので、最近はそれさえ放棄気味になっていたのだが、その板の奴らに任せられるならそっちの方が好都合だ。 これによって、出来るだけ多くのショタコン共が、自分の性癖を公に露呈され、人生メチャクチャに潰されればいいんだけどな。 自殺する奴も出るかもな。ザマーミロだ。
今日は午後15時頃に目が醒めた。 寝起き後しばらくしてから、ショタコン板を覗いてみる。 以前俺に「ショタコンである自分を汚いものだと思わないでください」と主張してきた固定がいた。 当時、そいつは「自分は少年を汚した事が無いのに」と主張するから、俺は「それならあんたは汚くないよ」みたいな返答をした。 すると、こちらの肯定を受けたそいつは「ありがとうございます。でも自分は過去に一度だけ少年を汚した事があります。反省してます」みたいな事を言い出して。 それに対して、俺は「さっき汚してないつったよな?嘘つき野郎が。裏切られた気持ちだ。てめえは充分汚いよ」みたいな事を言い返す。 それに対してそいつは「相手が自分を必要としていたからです。汚いだなんて思わないでください!」と言い出した。 さっきの「反省してます」というのも、一度こちらの受容、肯定を受けた事によって、最初に隠した『少年を汚した事実』を合わせて受容させるための腐った演技だったようだ。 さらにそいつは「汚したと言っても、自分もその子と同じ15歳でした」みたいな事を言っていた。 俺は「年齢盾にしてんじゃねえよ。お前は相手が少年だとか、自分と違って綺麗な存在だとか幼い子だとかって意識を持ってその子を汚したんだろ?」みたいな事を返したと思う。 そして今日、寝起きに俺はショタコン板を覗いてて、その固定が以前つけたと思われるレスを見つけた。 そいつは自分の体験談を書き綴っていた。 そいつは当時15歳。 誰から見ても二十歳以上に見られるような、でかくて老けた中学生だったそうだ。 そして、相手の子も15歳だが、その子は小学生にしか見えないような小さくて可愛らしい美少年だったと言う。 最悪な気分になった・・ そんな奴にそんな綺麗な子が汚されたんだ、と苛まれる。
俺に理解できるように、俺に合わせて、俺に対して向けられた言葉や気持ちは、たとえ似たような、同じような種類の子の存在で以ってしても、洗い流せる訳じゃない。 何故なら、それは似たような子に対して、理解出来るように、合わせて、向けられた言葉や気持ちじゃないからで。 その別の子は、俺に言葉や気持ちを向けたその子について、全く知る事が無い訳で。その別の子よりも、俺の方がその子について知っている訳で。 でも、俺は洗い流そうとしたんだな。 筋違いにも程がある、とか、そんな事を考えた。
今更のような胸の悪くなるような記事を、目にしてしまうんじゃと恐れながらネットで巡回。 程度の低い奴の胸糞悪い野次と言い合いながら、その合間合間でまた巡回。 目にする事を恐れながらも、何度も巡回。 それから合間に小説を読んだり。 目にした嫌な話が頭から離れず、横になってボーっとしたり。 何か深い事を感じても、そのつどそのつど邪魔されて、不快を感じつつもリセットされたり。 毎日毎日そんな感じだ。 何だか頭が重く感じる。 またまた何とはなしに小説の続きを読んでいて。 そこで、ふと認識する。 自分は一体何の為に生きているのだろう、と。 何の目的も、何の希望も、何の理由も抱かずに、ただ毎日生きている。 自分が否定している世界の中で、何の理由も無く生きている。 あえて理由を挙げるなら、「自殺するような勇気が持てない」「自殺を決断する事が出来ない」「何となく抵抗意識が出てしまう」とか。 たったそれだけの理由で生きてる。 自分が生きる為の、生き続けていたいだけの理由を作り出す事も出来ないままに、ただ毎日生きている。 何も望めないままに。求めるものを望んではいけないままに。 強く望んでいたものも、望む事を自分の中で「よし」と出来ていないなら、それはもう「望んでいる」とは言えないのかもしれないな。 絶望感も、受ける度に劣化して。 何で生きているのだろう。 疲れる。
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