メッセの子とメールで話した。 メッセの子の周りに居る男の子についてだ。 俺は、その男の子について浮かんだ最悪の可能性をメッセの子に告げた。 汚いものばかりを見すぎたせいか、本当に最低で腐った予測ばかりが付いてしまう。でも、その予測がしょっちゅう的中するんだから、本当に人間の社会というものは、糞にも劣る下劣で最低な枠組みなんだ、という事をつくづく感じる。 「悪魔メムノック」の上巻を読み終えた。 今さっき日記を書こうとした時に、俺が2行目に手をつけたところで外出していた弟が帰宅してきた。ぴったりだ。 本当凄いな。 俺が日記に手をつけようとするタイミングと、誰かが帰宅してくるタイミングというのは本当に密接な関係にあるようだ。 その後洗面所に向かった弟が、そこに放置されているビニール袋に入った大量の髪の毛(俺が今日散髪したため)を目にしたらしく、「うわ!」とか「きっしょ〜」といった痛いパフォーマンスを繰り返している叫び声が俺の部屋まで聞こえてきた。アホみたいなオーバーアクション。 弟は本当に俺の事を見下し、馬鹿にし切っているからな。 どんなささいな物事だろうが、何一つ俺の方が勝るという事を許せない弟。 愚兄賢弟が奴のモットー。 本当に、俺はどの枠組みにおいてでも、下手非人的役割を課せられる事が多いのだ。 下らない奴らの下らない虚栄心を満たすためのダシとしてのみ、その存在を重宝される。 まだ俺が人付き合いのあった頃、同級生達からよく遊びに誘われていたのもその為だ。俺の親は、俺のために特別に金を用意してくれる事などなかったので、同級生がファーストフードを食べている時、ゲームセンターで遊んでいる時、俺は何も出来ずにただ傍らに座っているだけ。奴らもそれをよく知っていた。俺にとって、楽しい事なんて何一つ無いのだという事を。 なのに、休日には必ず遊びに誘われた。 まだ、万引きを始める前の事だけど。 真夏の暑い公園で、奴らがジュースを飲んだりアイスを食べたりしながらだべっている時、ただ一人公園の水を飲んでたり。 奴らが服を選んでいるところを、ただ眺めているだけだったり。 「俺がゲームをしているところを見ててくれ」なんて言われたり。 何で奴らに付き合ったりしてたのだろう。 "遊び"であるにも関わらず、楽しく感じたことなど一度も無かった。 まあ、どうでもいいな。 何となく思い出したから振り返ってみた。 そこまで見下されている俺なので、「俺がゲームをしているところを見ててくれ」に始まり、奴らは自身の持つ様々な痛い面を俺に見せてくれたのだ。 もっと言うなら、「多分、木刀でお前の頭を割って血が噴出したら、俺は笑いが止まらんようになるやろうな。血は綺麗や。血は美しい」なんて主張を見せてくれた事だってあったっけ。聞いてるこっちが恥ずかしい。駆け出しヤンキーの痛々しいパフォーマンスだ。 「別に猿に見られても構わないし」なんて感じで、全裸で日本人男性を自室に招き入れた、戦後の欧米人女性みたいな感覚だろうな。 タイプの男の子が汚されたのだ、という事に比べれば、箸にも棒にも掛からないような思い出だけど。 それらが関係するのかしないのか、「友人を気遣う」という感覚が、俺にはいまいち理解できない。 もちろん、そう振舞う事は可能だが。 メッセの子に対してさえも、そうなってしまっている事が多いと思う。 汚される、に関してはある程度敏感だけれど、それ以外の事に対して。 奴らと関わる以前からの、根源的なものだった気もする。 「アスペだから」としてしまうのは言い訳だろうか。
少し気になったので、アスペについて検索してみた。 そして、アスペルガー症候群診断プログラムみたいなものを見つけたのでやってみた。 http://www.the-fortuneteller.com/asperger/aq-j.html 26点超 「自閉症スペクトラムの可能性あり」、 32点 「平均よりより可能性が高い」、 33点以上「自閉症スペクトラムの疑いが強い」、 34点以上「高機能自閉症やアスペルガー症候群の成人では、 90%以上がこの得点範囲に入る」
多分50点が最高値で、俺は35点だった。 初めてこの症例を聞いた時、「自分はこれなんじゃないかな」と思ったけど、やっぱりその可能性は高そうだ。 雑音に意識を散らされると何も考えられなくなったり。 知り合いに「風邪を引いた」とか「怪我をした」と言われても、自然に相手に対して気遣うような気持ちが沸いて来る事も殆どないし。 でも、タイプの男の子が汚される事については耐えられなくて、そのあまりの痛々しさに激情にかられる事も多かった。これについては、多分アスペに当てはまるような事じゃない。アスペの人間には、心的痛みに対して鈍感な人間が多いだろうし。 ただ、これも、俺の状態がそのものずばりな"典型的"な症状には当てはまっていないだけの事、という事で説明付ける事は出来る。 何にしろ、自分が何故こういう人間なのか、を他人に説明付ける事が出来ると少し安心。自分の性癖に比べれば、公言しても恥にならない類だし。 心理学や行動科学を少しかじっただけでその知識を振りかざしたがる痛い奴らは、やたらと『典型例』だけを当てはめ押し付けたがる。ヒステリックなまでに。それしか知らないもんだから。
でも、自分が「神経症」じゃないかと思う事だって多い。 これも、意識を反らされると自分の中でリセットさせてやり直さないと気が済まない、というものだ。俺は邪魔される度にやり直す。 あまりに日常化し過ぎているので特筆する事も無いけれど、俺は1日に何度も何度も手を洗う。 ハンドソープを満遍なく両手に行き渡らせて洗い流す。 それを2回繰り返した後、今度は水だけで洗い流す。これが1回。 計3回洗いの1セットだ。 その時、洗面所に水が跳ねて手にかかろうものなら、また最初からこの1セットを繰り返す。洗い終わる瞬間に、外ででかいエンジン音が鳴ろうものなら、また最初から。結局、完璧に出来るまで10セット以上繰り返したりも日常だ。これが1日に何度も何度も繰り返される。 自室に入る時、廊下を覗いてドアを閉めて鍵をかける。 この時物音に邪魔されようものなら、もう一度廊下を覗いてドアを閉め〜を繰り返す。何度も何度も開け閉め開け閉め。 完璧じゃないと気持ち悪いのだ。邪魔が入ると凄いストレス。 多分、神経症のテストを受けたとしても該当しそうだ。 アスペと神経症、俺はこの2つの似たもの両方にかかってしまっているという事だろうか。よく分からないけど。 何か、久しぶりの自己分析。
今日は午前11時頃に目が醒めた。 寝起きから、強い欲を感じてしまう。 無垢で幼い男の子が、自身のキャパの範囲を超えたような惨い目に遭わされる。人より何倍も無垢であるにも関わらず、人より何倍も凄惨な目に遭わされて。 これについて、昔の俺が感じたものは、強いショックと強い興奮。 なのに、現在の自分はそのショックを押しのけて、強い興奮だけになってしまう・・ 意識のどこかで、タイプの男の子の気持ちを軽視し、おざなりにしてしまっている証拠だろう。欲を優先せんがために、タイプの男の子の人格を踏みにじっているのだ。そして欲求処理をする。 自分がどんどん最低野郎に、自分で認められない人間になっていき、それが納得できずに気持ち悪くてたまらない。
今日の授業は2時限目からだけど、俺が学校に到着したのは昼休みが終わった直後だ。もうメニューはあまり残されてはいなかったけど、学食で昼食を食べた。カツカレーを頼んだのだ。 食べ終わった後、喫煙所でタバコをふかし、生協にアイスとジュースを買いに行った。とても暑かったので。 それから、どうしようか。 3時限目の授業は既に始まっている。 何となく、面倒くさくて3時限目の授業には出席しなかった。 空き教室でボーっとしてた。 4時限目の時間になった。 「美学美術史演習」だ。 この授業では、原稿用紙十数枚にも及ぶ卒業論文を発表しなければならない。無理だ。 しかも、毎週発表者の論文に対して400字程度の感想を書き、それを次週提出しなければならない。 おまけに、6月21日には文献紹介、というものを俺一人で行わなければならないのだ。無理だ。 もう、この授業は完全に捨てる気で、俺は4時限目にも出席しなかった。 5時限目は「フランス語」 この授業にだけは出席した。 授業中、タイプの男の子について考えていた。 ああいう少年の持つ価値観に、俺は救いを求めていたけど、今現在の俺はああいう少年の価値観について「ただの子供の価値観だ」といった感覚で、大したものには見ていない。 実際には、ああいう少年の持つ価値観は、普通の子供とも、普通の大人とも全く違う空気があるのに、面倒臭くて「そこまで大したものじゃない」という風に見てしまう。俺は常日頃から、そうやって自分がタイプの男の子の価値観を軽視してしまっているのだ、という自覚を持っていて、それがジワジワ嫌になる。
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