昨日の午後22時頃にメッセの子のメールで目が覚めたけど、そのまま再び眠ってしまった。 今日は午前2時過ぎに目が覚めた。 寝起きから軽はずみにいやらしい妄想を浮かべたり。 軽薄過ぎて、軽はずみ過ぎて、不謹慎過ぎて。 寝起きからずっと、「こんなんで良い訳がない・・」と、後ろめたい気持ちで在り続ける。 俺は現実を許してないのに、何で俺はこんなにまで軽薄に、とも。 今の自分に対して、「よし」と認めて良いものが一つも無い。 ずっと自分自身に納得できず後ろめたいのだ。 その感じる後ろめたさからも目をそらし、罪悪感も中途半端に薄れさせ。 もう、早く死ねよ、と。 1時間くらい、ベッドに横たわってボーっとしていた。 現在午前3時22分。モヤモヤする。
午前4時半頃になり、朝食を買いに24時間営業のダイエーまで行ってきた。 ダイエーに向かうまで、何だか散歩のような気分になった。 空が黒ではなく、紺色になっていて、好きな景色だ。 あの子がそんな目に遭わされていなくて、こんな風に静かな時間に一緒に散歩をしたり出来たらな、と思った。 凄く清々しそうなイメージを感じた。 以前、あの子には「山の中とか一緒に散歩してみたい」みたいな事を言われた事があった。 俺の地元にも、すぐ近くに山がある。 本当に、そういう目に遭わされてなかったら、デートみたいな感じで今頃色々時間を共有したりも出来たんだろうな、と。少し寂しい気持ちになった。
「マグノリア」を最後まで観終えた。 後味はまあまあ良かった。 ラスト近くに、静かな夜明けのシーンが入っていたからだろうか。 ふと気づいたのだが、俺が好きな映画というのは、ラストにそういうシーンが入ってる事が多いと思った。 「インタビユー・ウィズ・ヴァンパイア」にしろ、「天使の涙」にしろ、「恋人までの距離」にしろ。 最後の最後が夜明けのシーンだと、爽やかな印象を受けるのだろうか。 今観ていたマグノリアで、癌を患い臨終間際のある父親が、妻に自分の秘密を色々と打ち明けていく場面があった。 自分が妻を裏切り浮気に走った事などを打ち明ける。 それを聞いた妻は、「怒ってないわ・・。怒っているけど怒ってない」と返事を返す。 さらに、その父親は10年前に娘に性的悪戯をした記憶があるという事を打ち明けた。 浮気に対しては、臨終間際だからかまだ寛大な態度を取っていた妻だが、それを聞いて「なんて事を・・・・。一人で惨めに死んでいくといいわ!」と怒り、夫を残し家を出て行く。 これを観ていて、俺自身も最低なものを持っている事を強く意識させられた。 自分には、最低なものは最低だとボロクソにけなし、許されていいものは許されてもいいと、自分をジャッジしてくれるような存在が必要なんだ、と思った。痛切に感じた。 自分は、そういう目に遭わされていないそういう存在で、ちゃんとした分別を持っている少年の存在を欲しているんじゃ、と。 俺自身が、その意見を納得し受け入れる事が出来る存在の判断を。
タイプの男の子というのは、自分にとってこの世で最上の存在なのに、その存在に関して何一つ納得出来ないこの状況が、はがゆくてたまらない。 自分にとって一番凄い存在なのに汚されていて、自分にとって一番大事な存在なのに、それに関して自分自身を認められなかったり。 ずっとモヤモヤしてる。辛い。
現在、GyaOでは「リングキャンペーン」みたいなものが行われていて、「リング」「らせん」「リング2」「リング0〜バースデイ〜」が配信されている。 今日、この内の「リング」と「らせん」を観た。 「怖いところが殆どなくて、何だか退屈な映画だったな」という記憶があったので、あまり期待はしていなかった。 だけれど、「死に顔が凄まじ過ぎて恐ろしかった」という記憶もあって、いつ死に顔が出てくるかと、結構ビクビクしながら観ていた。 「リング」の方は、改めて観てみると内容的にも面白く感じる事が出来たと思う。「らせん」は観ていてなんだか疲れた。 この2つの映画を観ている間、頻繁にメッセの子の事が浮かんでいた。 メッセの子の周りの環境。 弟や中2の子やメッセの子の間にある確執みたいなものが意識されてた。 何だか、今は凄く緊張感の高まった状況にあるらしい。 メッセの子の人間関係の中で、近いうちにとんでもない事が起きたらどうしよう。 俺は話を聞いている。しかも大人だ。 もしも何かとんでもない事が起きてしまったら、俺の責任は重いよな・・・、とか。 まだ子供であるメッセの子に対し、もっと適切な助言が出来なかったのか、という責任が。 何か起きたら自分のせいだ、とか。 映画を観ている間、そんなプレッシャーを感じ続けて、凄く息苦しい感じになった。 また、最近自分の部屋がうだるように暑くて、その暑さも相まって、さらに息苦しさに拍車をかけた。 呼吸が苦しい。
現在午後19時29分。 「リング2」まで観た。 眠さや空腹で、意識が朦朧としていた。 しんどかった。 観ている間に、また少し考えていた。 そうだ。 自分は、少年が苦しめば苦しむほど興奮なんだ。 少年のさせられた体験が、陰惨であれば陰惨であるほど、みぞおち辺りが締め付けられるような刺激を受けて欲情するんだ。 少年の可哀相な事が大好きなんだ。高揚するんだ。 自分は一体何なのだろう・・・ 映画を観ながら、心身共にグッタリしたような気分になった。 その反面、数年前に見つけた、大好きだった後輩そっくりの少年の、裸の拡大画像の事が意識に浮かんでワクワクしていた。 罪悪感から目をそらし。 つい先日、タイプの少年に何一つ喜べないし納得出来ないと感じ、そう纏めたばかりなのにな。 メッセの子の言う「加害者の奴」に同調してしまっているみたいな感じになってる。欲のために。
自分の変質者加減にとことん情けなくなる。
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