リュカの日記

2005年09月12日(月)

緑と茶色が混じったような色の海みたいな場所に行っていた。
プールかもしれない。
深さは1メートルから2メートルくらいだ。
泳いでいると、前方から20メートルくらいの波がやってきた。
何故か後方からも波が来て、板ばさみの状態で上空に打ち上げられた。
18メートルは飛んだだろうか。
そのまま海面に叩きつけられたが、何とか無傷だった。
次にネットをしている場面があった。
あるページを開いた。
そしたら、急に体調が苦しくてたまらなくなった。
曰く憑きのページというやつだろうか。
午前0時前に一度目が覚めた。
目が覚めると、現実に腹が異常に痛んでいてトイレに行った。
それでも痛みに耐えられず、ベッドに仰向けに突っ伏していた。
かなり状態がおかしかった。
呼吸困難っぽくゼーハーゼーハーとなっているのに、呼吸が出来ない事自体はそこまで苦にならなかった。
どんどん体温が引いていくのが分かった。
顔から血の気が引いていって、どんどん冷たくなっていく。
何故こんな状態になっているのか分からなかったが、俺は数年前に何度か同じような状態になった事があった。
自殺しようと、ピースとかいうキツいタバコをひたすら口の中に詰め込んで、飲み込んで。その時も、今と同じようにどんどん体温が下がっていくのが実感されてた。だんだん呼吸が弱くなって、このまま死ぬのかという意識が芽生えてくる。
何かの病気なのだろうか、それとも盲腸とやらなのだろうか、とか思っていた。
顔に触れてみると、もう人間の体温とは言えないくらいに冷たくなってた。
洗面所に行き、鏡を見てみると、まさに顔面蒼白という感じになっていた。
ベッドに戻り、しばらく突っ伏しているとだんだん状態が落ち着いてきた。
ここまでは現実だ。
そのうちにまた眠ってしまったようで、今度は俺が何かの映画の編集をしている場面になった。
映像、音声、字幕を組み合わせようとしている。
だけど、機械の調子がおかしくて、結局上手くいかなかった。
次に目が覚めたのは午前5時前になってからだ。
そういえば、あの子は何をされたんだろう。
ショタコンジジイにされた後、「親に病院に行かされた」と言われていた。
何をされたのか大体の想像がついてしまう。
そこまで酷い事はされていない、と俺に対しては言っていたけど、
一般的に、性的な行動の中で最大の事をされたんだろう、と。
言葉どうりのレイプというか。
俺にとっては、最大だろうが触れられただけだろうが、度合いに関わらず受けるショックはそんなに大して変わらない。
「されたんだ・・」と一くくりの事として同じ事のように思えてしまう。
ただ、そのショックは一般人が恋人がレイプされて受けるものより遥かに強いものだと思っている。
最近薄れがちになって、どこか実感できなくなってきていたのだが、
された様子が生々しく浮かんできて、「そんな事をされてるのに、言葉を交わす事もありえない。絶対に嫌だ・・」という気持ちが強くなった。
その子は俺にとっての希望になんて絶対になり得ないのだ、という意識が強くなった。最初から声なんてかけないで欲しかった。
俺自身が「絶対に嫌だ」と認めたくないから受け入れないのだ。
それ以外の何者でもない。
もちろん、同じ状況でそれを受けいれるような奴らも許せないけど。
そんな目に合わされているのに、好きになられてもしょうがない。その上で声をかけてきた事自体、俺に対する裏切り行為以外の何者でもない。
俺はあの子自身に対しても憎しみを感じているのだと思う。

普通に人生送っていく事が、まるでそれらの状況全てを許しているように感じられて厭だ・・

息苦しいイライラする。
生活全部にうんざりしてる。

好きな対象について、何でもかんでも知りたがるのは自然な欲求なのだと思う。以前は俺もそうだった。
どんな趣味を持っているのか、どんな事を喜びにするのか、どんな食べ物が好きなのか、どんな漫画が好きなのか、どんな映画が好きなのか、どんな子供だったのか、どんな人生を望んでいるのか。
その子に関する事ならば、どんな些細な事でも衝撃だ、と。色々な事に対して感動を覚えていたと思う。
でも、今はもうそうじゃない。
対象になる相手が変な事と関わった経験を持っていたなら、たちまちそんな気持ちも沸かなくなるのだ、という事を知っている。そして、対象がそれを持っている可能性は極めて高い。
なので、好きな対象について何かを知ろうと思う事自体が馬鹿らしくなってしまうのだ。知りたがったところで、もしもその子がそんな目に合わされていたらどうするんだ?そこからその子の全てを全否定だ。みたいな意識で。
だから、もう最初からそんな気持ちも沸かなくなった。
俺は自分自身に対して何も認めていないのだと思う。
社会や人生を良いものとする事も、学生生活を謳歌するような事も、癒しを求め様々な風景に浸り楽しむ事も、何かに励み功績を収めようとする事も、生活の変化を期待し色々なものと触れ合おうとする事も、自分自身に許していない。
憎むべきもの、またはどうでもいいもの、と思い続けなければならないように感じる。もっとも、そんな意識を持つ以前から、それらの事に興味が沸いて来るような事は殆どなかったのだけれど。
でも、以前なら絶対視していた対象を通す事で、それらに喜びを見出す可能性を見てたと思う。周りの人間がそれらを喜びとしているように、自分もそうなれればいいなという意識も強かった。
色々な事を知ってしまった今となっては、興味を持つ持たない以前に自分自身に禁じているような状態だ。
それらを許してしまう事が、まるで少年を傷つけてきたような物事を、間接的に認めてしまう事に繋がるように感じられてしまうのだ。
一般的な物事を何も受け入れる事が出来ず、ストレスばかりが募っていく。
閉塞感だ。だから人生にうんざりしている。
少年云々を除外して考えたところで、人生喜ぶなんてありえない。
何もかもを自分自身に禁じてる。よしとする事を禁じてる。
息苦しい。毎日が辛い。
ガツンと来るものでなく、常にジワジワ漂っている。

俺が何かを集中して考えようとしていると、いつも決まって何かに邪魔され途切れてしまう。タイミング良く。
賽の河原でせっせと積み上げている小石を、完成間近で逐一崩しにしにやって来る鬼みたいだ。

パソコンの電源さえ切らせてもらえば、
寝起きであのまま死んでもよかった。


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リュカ

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