「こんなに薄っぺらくて汚いのに認められたくない」とか、「こんなに中途半端なのに善しとされたくない」とか、自分が完璧でない以上何も認められたくなくなる。 それらが認められる事が、そのまま「そういう目に合わされた上でそういう奴らを認めてしまう」という事に繋がるように感じられてしまう。 そういう意味での、ちゃんと想いやれるようにならなくては、という焦りというかプレッシャーになっている部分もあると思う。 感情戻って自分自身を認められるようになったところで、そういう目に合わされたという事実の前じゃ、どうにもならない事なのにな・・
何か、ショタコンの俺の事を凄く良く見ていたあの子は、俺に対して何でもかんでも認めてしまっていたようなイメージが沸いてしまう。 だから、余計に感情が中途半端になってしまった事が後ろめたかったり、そんな薄っぺらいものを認めさせたくなかったり、そんな自分の状態をなんとかしなくてはと焦りが出たり。 どうにもならないのは変わらないが、こんな中途半端にしかものを考えられない今の状態を何とか治さなくては、という風になる。 それでもやっぱり、ショタコンにされた上でショタコンの自分を〜、という不満というかそういうものは消えないんだろうな。
今日は午後18時過ぎに目が覚めた。 またサボってしまった事になる。 昼夜逆転が酷いな。
あの子の言葉を受け入れて楽になる、ってのを俺自身が拒絶した感じだ。 傷を癒すとか毒を拭うとか、そういうのを自分で拒否した。 そのまま受け入れてたら癒されもしただろうけど、そういうのは価値観みたいなものが許さない。 そんな状況で、その言葉を受け入れていいとは思えなかった。 今でも思えないけど。 そういう子から好きになってもらえた事があるのに、入れ替わりのように逆に俺の方が思い入れを持てなくなって、凄く悔しくなる。 でも、そういう目に合わされたからこそ持つようになった感情か。 何をどう考えればいいのか分からない。延々ループだ。
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