リュカの日記

2005年03月12日(土)

俺がショタコン以外の軽はずみな奴や不謹慎、無神経、偽善的な奴を許さないのは、「あんな少年がショタコン野郎に酷い目に合わされたのに、てめえなんかにそれやそいつを許す権利があんのかよ?軽はずみに博愛振りかざしてんじゃねーよ偽善者が」という感情だと思う。
そういう奴等を憎まない奴も許せない。

身体能力が弱い子ほど、悲惨な目に合わされる。
小さくて幼いような子であればあるほど、酷い目に合う。
普通の大人でさえも耐えられないような目に合わされる。
強く見えるような大人でさえ絶望するような目に、小さい子は耐えられるとか耐えられないとか関係なしに無理やり被害を加えられる。
イジメとかも全部そうだ。
いじめる側でさえも悲鳴を上げて失神してしまうような恐ろしい痛みを、いじめられる側の耐性如何に関わらず。
例えば、イジメをする側の人間がイジメられっ子と同じ目に合うとする。
数字に直すと軽く見えてしまうのだが、50の耐性を持ったいじめっ子に100の苦しみが与えられるとする。
100−50で50の痛みが実感される。
15の耐性を持った子は、自分の事しか考えない腐った奴等に300の苦しみを与えられる。285の苦しみが実感される。
耐性が低いにも関わらず、耐性の高い人間よりもはるかに強い苦痛を与えられるのが現実だ。しかも、50の耐性を持った人間(加害者)に対し、300の苦痛を与えようなんて人間はまず居ない。理不尽だ。
か弱い存在ほど守られなければならないはずなのに、そういう存在に限って苦しめてやろうという糞が殆どだ。
ボーっと狩りを続けながらも、そんな事を考えていた。
歳を食った人間や、耐性の強い奴ほど苦しめられるべきなのに・・

午後2時のメンテまで、ずっとエタカのクエストをしていた。
頭がボヤーっとなっている。

母親が「懸賞に応募したNintendo DSが当選した」と言って、ゲーム機の入った小さな箱を持って帰ってきた。そのゲームの存在だけは知っていたけど、最近はそういうのに疎くなってて、俺はあまり知らなかった。
母親は凄く喜んでいた。
本当なら、こういうのは俺が一番喜んだりするはずなのに、今は冷めてしまったのかあまり「凄い!」とか「嬉しい〜!」みたいな気分になれないのが、何か悲しい・・
せっかく新しいタイプのゲーム機が当たるという滅多にないような機会なのに、本当なら凄く(というか、俺が一番喜ぶような)喜べるような機会なのに、あまり盛り上がれなくて「せっかく当たってくれたのに、喜んであげられなくてゲーム機に悪い」みたいな後ろめたい気分になる・・
「その品物が可哀相」というか、
何か、俺は恋愛対象以外だと、人間よりも物に対しての方が感情が沸きやすいみたいだ。

午後22時前に目が覚めた。
寝起きから少し沈んでいて、何がどう嫌なのかもよく分からない。
確実に、強い厭を感じている。
もしかしたら、ただの暗くて不謹慎な高揚感なのかもしれない。
どこかで、酷い話に対してワクワクっとなっている部分もありそうだな・・
そういう欲だから。
陰鬱だ。
気持ちが重い。
コーヒーでも飲んで、落ち着こう。
腐った糞だ。
少年が酷い目に合わされた上で、それらも含めて欲が浮かぶ。


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リュカ

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