リュカの日記

2005年02月23日(水)

今日は午前11時頃に目が覚めた。
ショタコン板のいつものスレを見てみたら、以前俺に対して言い訳の捨て台詞を吐いて去って言ったショタコン親父が、また俺に対してレスをつけていた。
それまで、IDが割れない携帯から俺に散々野次飛ばすだけの粘着を続けていたのも、どうやらこいつのようだという事がハッキリした。
以前言い合った時は、俺に対して散々都合の良いように、その場しのぎの詭弁やでっちあげを振りまいて言い訳してた下種野郎だ。
俺が漫画から言葉を引用した事を「これ幸い」と叩いてくる。
少年への意識が薄れてきても、こういうショタコン中年野郎がこれ以上ない最低の下種なんだという意識はすでに俺の中に根付いている。
寝起きからストレスたまって胸糞悪い。
こういう奴に煽られる方が、それ以外の奴に煽られる事と比べてずっとストレスが強い、という事は、ある意味で安心してもいい事なのかもしれないけど。
「自分はちゃんと、思考を除けた無意識レベルにおいてもこういう奴らを嫌悪できているんだ」と。
少し前、自分自身の底を再認識した気分になって以来、どうも「下種野郎をどう攻め立ててやるべきか」の調子が出てこなくなってきた。
少年の存在が一番だったら、自分がどうあれそういう奴らを攻めない理由にはならないはずなんだけどな。自分自身を否定したところで、そいつらを否定する事には影響が出てこないべき。

この無気力感は何なんだろう。
俺は自分が何の価値も持たないゴミクズなんだという事を自覚している。
そういった人間は、他人に自分の価値を認められる事で、生きている事に甲斐を見つける事が出来るのだろう。
でも、俺は他人に価値を見出さない。
価値のないものに認められたところで、自分に価値を見出すなんて事は出来ない。世のため人のため、なんて意識は一切無い。
ただゴミを許さないだけで、人の役に立ちたいなんて考えは芽生えてこない。
その「人」自体、ゴミクズに繋がる事を知ってるからだ。

今、凄く気分が悪い。
人間の持つ卑怯さ、汚さ、いやらしさを目の当たりにすると、どうしようもない不快感に襲われる。
ショタコン野郎に関わっているうち、そういう感覚が根付いてきたんだろうな。関連付けて嫌になる。
昔はそんな善悪感情には無頓着で別に気にするような事も無かったし、自分が善だとも思わないけど、今の俺は何故か、真っ当じゃない、正当じゃない、不謹慎なものが大嫌いだ。
人間なんてのは殆どがそういう悪を持っている。俺もそういうのを持っている。
そんな事を考えていると、リアルで強い吐き気がしてきた。
頭痛まで・・
そういえば、昔から色んな事に対して冷め切った奴だった、というのはあったと思う。ただ、ストレス耐久は低かった。
何をしても楽しくない、何に対しても興味が薄い、人生送るなんて考えるだけで息が詰まる、とか。
そんなので、生きてて楽しい訳がない。
少年の存在や、それに対する強い意識を持つようになり、俺の人生観は冷めないものに変わって行った。
色々な事に対する嫌な意識をカバーしてくれるような希望になった。
でも、その思い入れが薄れてしまって、また色々な事に対する虚無感を痛感するようになってきた。
「タイプの少年を酷い目に合わせた奴が居る」といった風に、俺の意識の中には人間から感じられる汚さだけが残った気がする。
"だけが"と言うと、少し言いすぎだろうか。


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