リュカの日記

2005年02月18日(金)

今日は、午前0時半頃に目が覚めた。
これは欝にならなくてもいい類なのだ、と考えようとしてるけど、昨日耳にした話がキツかったのか、寝起きから落ち着かない気分になる。
ズーンとした感じだ。
ショックを受けなくてもいいのだ、と考えようとしていた分、余計に素の感情が出てきたのかもしれない。
今日はメッセの子の誕生日だ。

何か、全部曖昧になってきて、分からなくなってきた。
何をどう判断していたのか。以前と違って冷めてきたのに、何を考えても痛い気がする。
ショタコン野郎に悪戯された少年が、同じショタコンである自分の事を認めてしまうのが酷いから、もう関わらない方が善いだろう、と判断したのだと思う。
何か無気力だ。
依然少年に対する欲望は沸き続ける。
せめて、どういう判断を下すか、どういう行動を起こさないでおくかを大事にしよう、と考える。
自分の人生が無意味すぎるから、少年の人生が安全なものであればと自己満足しよう、とか考えていた気がする。
安全なのは何よりだけど、そうでない現実があふれ過ぎていて、少年に対してそこまで強く希望を感じる事は無くなった。ただ、「対象なんだ」という感覚よりちょっと強い程度だろうか。
微妙に圧迫されて息苦しい。
後ろめたくならずに済む程度の、程よい沈み気分だろうな。
と、考えてしまうのも不謹慎か。
気分が沈む事を望まなかったから欝は苦しいものだったのに、今は欝でないと後ろめたい、みたいな意識が根付いていて、こういうのは欝になっても本当の苦しみじゃないんだろうな。
どういう風に考えるのが正しいのかが分かっていても、少年への感情が薄れ、その考えに中身が伴わなくなってきてるかもしれない。
それでも、正しい考えは厳守するべき、と考える。
何か、「考える、考える」ばかりで、「感じる」が減ってきてる。
あれだけ激しかったタイプの子への執着心も薄れてきている。
以前は「こんな素晴らしい人種が居るなんて凄い」みたいな感じで、世の中に少し希望があったと思う。
陰鬱だ。
実際外に出て、生でそういう子を見かける機会が出てきたら、また違ってくるのかもしれないな。存在そのものが拠り所だった。
趣旨が矛盾している。
「そんな現実があるのに、喜びにして善い訳がない」というのと、「素晴らしい生き物だと感じた上で、その現実に絶望してなければならない」とか、色々ある。そういう現実が存在している以上、その現実を怨み続けるしかなくなる。

今使っているパソコンを買ってからずっと、「Norton AntiVirus 2002」というウィルスソフトを使い続けてきた。
2003年、2004年になって延長料金を払わなくならなくなっても、何となく2003や2004バージョンに代える事なく、2002バージョンを使い続けてきた。
あと1ヶ月ほどで、このウィルスソフトの使用期限が切れる、というダイアログが出てきた。
サイトに行って延長キーを購読しようとした。
すると、
「 ■2002シリーズをお持ちのお客様へ■
 2002シリーズの更新サービスの延長キーの販売は10月12日を持ちまして終了致しました。
 下記の【新たに製品を購入▼】タブをクリックし、最新バージョンのご購入をお勧め致します。 」
との事だった。
もう2002バージョンは使えない。
パソコン修理に出して、リカバリされなかったら、以前の延長キーの残り期限で、もう少し使い続ける事が出来ただろうか。
リカバリで延長キーが無効になってしまったのだ。
リカバリ後は、無料お試し期間、みたいなので使っていた。
ずっと使い続けてきたものが使えなくなってしまう、というのは嫌な気分だ。

何に対してなのか、漠然と沈んだ気分が続いている。
これくらいがちょうどいいのか。


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リュカ

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