リュカの日記

2005年01月17日(月)

名称 平成7年(1995年)兵庫県南部地震
発生日時 平成7年1月17日(火)5時46分
震源 兵庫県淡路島北部
北緯 34度36分
東経 135度02分
震源の深さ 約16キロメートル
規模 マグニチュード7.2(平成13年4月23日気象庁が7.3と訂正)

さっき気づいたが、もう震災から10年だ。
今日が10年目。
日付が変わったのに、すっかり忘れて漫画を読みふけってしまっていた。
10年も前の事なんだ、という実感がなく、割と最近の事にも感じられる。
というか、10年も前の事を鮮明に覚えていられる年齢、というのがその時期からは想像もつかなかったな。
えべっさんの呪いで大震災が起きたりしたのだろうか、とか当時から考えていた。
自分の人生振り返っても、俺は地震があったところで人生が2つに区切られてるような意識を持っている。
まず環境が変わったからだな。
それまで育った場所を離れて大阪に行き、1年ほどでまた神戸に戻ってきたら、回りの状況も変わっていて、と。
小学校卒業の区切りの部分が消失した感じで、段階踏んで歳をとった気がしない。
考えてみると、大阪で野球に興味を持つようになり、神戸に戻って野球部に入り、そして部活の後輩(同姓)を好きになった。
震災がなければ、俺もショタコンになってなかったかもしれないな。
それなら、地震さえ起きなければどんな人生送ってたんだろうな。
想像もつかない。
現在午前3時44分。
もうすぐ10年。
せっかくだから、5時46分まで起きていようか。
未だに訳の分からない焦燥感が取れなくて落ち着かない・・
ストレス溜まりまくった時のような、麻痺して鈍るような感じがする。
10年経ったから、祟りで寿命が迫ってるのかな、とかアホな事を考えてしまう。

5時46分になり、テレビをつけると、色々な局で震災関連の取材が流されていた。祟りは無かった。

今、自分の人間性について考えていて、1つ分かった事がある。
俺は自分が犯罪でもしない限り、何をしても謝って見せれば済ませられるという意識があると思う。何かをしでかしたとしても、謝る時は謝る時で「これでチャラにできるんだ」程度の軽い気持ちしか持っていない。
俺の謝罪には本物としての価値みたいなモノはいっさい無い。意識の低下。
だから、「何をしても絶対許してもらえない」くらいで、バランスとしては丁度良いのかもしれないな。
もっとも、心から反省してる奴だとしても、謝られる立場に居るのがタイプの少年だったとしたら、何一つ許す必要なんてないけどな。
現在午前7時28分。
今日は学校だ。眠れなかった。

世の中には、好きなものを求める事が"正しい"とか"善い"みたいな価値観が氾濫してる。腐ってる。
ショタコン野郎がそれらを都合よく利用して増徴する。
醜い自分を詭弁で飾る、自己美化親父を見るたび胸糞悪くて吐き気がする。俺が自分自身に否定している事だから尚更だ。虫唾が走る。
ストレスだ。
ショタコンジジイとかを絡めて考えてるうち、自分自身に認められるものが、どんどん無くなっていくのがキツイ。甘えた奴も許せない。
甘えた考えが社会的に"善し"とされているのも許せない・・

学校は1時限目からだったけど、授業に出たのは2時限目からだった。
今日が俺の、冬休み明け初登校だ。
昼休みになり、1階のロビーのような場所で「阪神淡路大震災 追悼献花式」というのがあったので見に行った。
3時限目は授業がなかったので、空き教室で眠る事にした。
4時限目の終わりまでぶっ通して眠ってしまった。
学校に居る間、何だか凄く苦しかった。
欲求不満っぽいのか、下腹部の内側辺りが嫌な感じで、心的な圧迫感もあり、感覚だけの欝だろうか。
学校に拘束されてて、叫びだす事も出来なかったので、どんどん色んなモノが蓄積されていってキツくなっていったのだと思う。
5時限目の授業は人間関係論だったけど、今日はテストだった。
教科書を忘れていたので、俺は授業についての感想の部分にしか記入する事が出来なかった。
帰りにたこ焼きを買って帰り、家に帰ってから全て食べた。
で、今現在家に居るけど、まだ苦しさが取れない。


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