リュカの日記

2004年09月30日(木)

また学校から帰ってすぐ眠ってしまっていた。
午前0時過ぎに目が覚めた。

弟のパソコンのハードディスクに空きが無くなってきたので、今までに集めた天上天下のアニメを焼いた。
その間に落ちていたフルハウスを1本観た。
あの子がもし悪戯されていなかったらと妄想していた。
それがなかったら、性格とかも本当に理想的だったのになと思う。
あの子に対して喜べていたのは、それがあると知らなかったからだ。
知らなかっただけで、本当はそうなっていたからやっぱりそれまで喜んだりしていたのも違ったんだろうな。
でも、逆にそれ自体は人格じゃないからそれがなかったら本物だったのか。
どっちにしろ、それがあるから認められないけど。

前は、タイプの少年に限ってそういう事と関わりがないだろうと思いながらも、そういう少年の数や人類の歴史みたいなものを考えると、どこかでタイプの少年でさえもそういう目に合わされたりする事もあるんじゃないかと、100万分の1くらいの可能性でありそうな気がして、その可能性を恐れたりしていた。
それなのに、ネットだけだけど関わった事があるそういう少年で、悪戯されていない少年は一人も居なかった。
どういう事だろう、感覚がおかしくなってくる。
どれだけの金があっても、どれだけの権力があっても、そういう少年に限っては誰も手を出す事ができないし、そんなものじゃ太刀打ちできないとか思っていた。
そいつがどれだけの罰を受けても、そいつのした事が消えるわけじゃないのに、それでチャラにしようとする制度とか、そういう事をされたのに0に戻せない現実とかがたまらなく嫌になる。いくら被害を受けて保証されようが全然足りなくて、結局マイナスしか残らない。
それだけの全然償いきれないほどの事をした奴でも、国が定めた不条理な方法でチャラにされて、やったもの勝ちみたいになっている世の中が許せない。
全然足りないのに、被害を受けた以上マイナスであり続ける。0になったと思い込まされる。
こういう不条理な事もやりきれないというのだろうか。

数日前に落ちた「バグズライフ」という映画を観た。
子供が喜びそうな楽しい映画だったと思う。
ショタコンにとって、少年とは絶対に手が届かないし手が届いてもいけない存在だ。
ショタの自分よりはずっと崇めるものだと思う。
それを自分より下にして、当然の権利のように主張する。
「じゃあ俺たちは一生満たす事ができないのか?自分たちのために少年が犠牲になるのは仕方がない」みたいな事を、言葉を変えてもっともらしく主張する。少年に、自分のために悪戯される事を正しい事だと思い込ませる。
悪戯したらしたで言い訳だ。
「ガキの狂言」だの「慰めようと思った」だの。
崇める対象であるはずの存在に対して欲望のままにそれだけの事をしておきながらも、かばう価値のない腐った自分自身を守ろうとする。
ゴミの中でもこれ以上ないくらいに汚い腐りきったゴミだ。
そのゴミさを認めたくないからさらに言い訳し続ける。
「買うのは悪くないだろ」とか言う奴もいた。
「邪魔してやろうか?」と言うと「なんだよ、仲間を売るのか?w」とか言われた事もある。
同じような自己中な欲望を正当化しようとするゴミと固まって、数で正当化しようと躍起になる。
少年を狙おうという人間を見つけたら、写真撮れだのレポートしろだのとけしかける。
ショタコンは人間の卑しさ、汚さが集約された奴がなるものなんだろうな。
下衆という。
小児性愛について書かれた本を何冊か持っている。
そこにも「自己中心的な人種」とか「言い訳や詭弁を述べる」みたいな事がたくさん書かれていた。これを読んだのは数年前だが、その当時は「勝手なことばかり書いてるな」とか思っていたけど、今になってみると本当にその通りだと思う。
あの子が俺を好きになったのが、俺が自分の性癖の事で満たしたいとか相談していた時だと言う。
年下の子相手に自己中にも満たす事ばかり考えていたゴミだ。
自分が悪戯されたのに、同じように満たす事ばかり考えているような奴を好きになるのはやっぱりおかしい。
そいつに洗脳されて、タブーになってるような事を軽く見るよう思わされてたんだろうな。少年相手にそれだけの事をするのがどれだけ最低な事なのかも自覚できていない。
なんか、あの子に関する愚痴も一生続きそうな勢いだな。
感情の度合いはともかく、常に「あの子はそれをされたんだ」といった意識や未練みたいなものが張り付いている。
映画を観ている時も、ゲームをしている時も、学校に居る時も寝る時も常にどこかで意識させられる。
違うショックでしか切り離せない気もするけど、もう2度とああいう類の話は耳にしたくない。
あの子がショタに心を許してついて行った事も、それで悪戯された上で俺を好きになったのも、どちらもその子の間違えだ。
後者は俺が拒絶し続ける事で正せるけど、前者は本当にもう取り返しがつかない。

1時限目のデザイン論は殆ど上の空だった。
2時限目の日本語文法論は少し興味が沸いたのでまともに受けた。
女の講師なのだが、何だか小学生に教えているみたいな喋り方や進め方をする。おかげで分かりやすかった。
昼休みになって色々考えた。
親しくなってしばらくしてからあの話を聞いたせいか、どうしてもあの子がそういう目に合わされた事よりも、それがあるせいで恋愛が叶わなかった事が先に未練に着てしまう。
よくよく考えたら、「帰らせて」と頼んでるのに年端もいかない少年相手に無理やりそういう関係になって、その上で「慰めるためにした」なんて、本当に無茶苦茶な言い訳だ。酷過ぎる。
何でそんな言い訳を信じてかばおうなんて思ったりするのだろう。
あの子も自分と同じような年下を好きになればいいのにな、と思った。
俺に対して「楽にしてあげられたらいいのに」とか言ってくれたけど、自分がショタに酷い目に合わされたのに、ショタの俺なんかにそんな風に思わなくていいし、それだけの目に合わされてショタ相手に恋愛感情を持つこと自体酷い事だ。
それだったら年下の同じような子を癒してあげる方がずっと良いことだと思えるし、全然酷い事じゃない。
それなら俺も応援できるし、恋愛に関しての未練は持たなくなる。
ホストで判断できなくなったけど、もしまだ見てたりしたら、視野に入れるだけでもいいので少し自分を恋愛感情で慕う小さくて可愛らしい少年を妄想してみてください。>おこじょ
以前、元々は年上の男が好きだった子と話した事がある。
その子は男に対して凄い感情を持っていたけど、ある年下の少年と知り合う事になって、その少年を好きになった。
「物凄く父性が沸いて、年上が好きだった頃なんて比べ物にならないくらいです」と言っていた。
それを聞いて、やっぱり年上を慕う感情よりも、年下の子を好きになったり守りたいと思える気持ちの方が強いものなんだなと思った。
あの子も年下に目を向けてみれば、どれだけそういう少年に魅力があるのか分かるはずだし、自分に悪戯したショタコン親父や俺やその他のショタも含めて全般的に「自分が大好きな少年を傷つける、卑しくて薄汚い男の子の敵だ」とちゃんと憎めるようにもなるかもしれない。
ショタコン男を求めていたのが馬鹿らしくなるくらいの感情が沸くと思う。
そんな事を考えていら、それが妙にしっくりきた。
午後の授業は彫刻だった。
少し頭がボヤけていたけど、ちゃんと作業に取り組んだ。


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