2.3時間考え続けてそのまま眠ってしまった。 午前1時頃に目が覚めた。 したい事としないといけない事がその出来事について考え続ける、しかないような気がする。 今起きてみると、本当にそんな事があったんだろうかと、現実離れしたような遠い世界の事のように感じられる。 ゲームとか何か別の事をしていると「考えないと」と強迫観念みたいなモノが沸いてきて後ろめたくなってくる。 にも関わらず、自分の中で少年に対してどれだけの価値を置いていたのか実感しにくい。 それ以上ないってくらい絶対的に大事だと思えていた存在だから、という意識が根付いていて、根付いていながらも実感が薄くて気持ち悪い。 あやふやなモノしか感じられなくなる。 それでも、どれだけ特別だったか、というのがあって後ろめたかったり認めたくないという感じになる。 「自分もそういう目に合っていた」と聞かされて、凄く裏切られたような気分になった。
1年前の日記を読み返してみた。 ちょうど欝が激しくなり始めた頃で、自分で読んでいてもかなり苦しそうに見える。 でも、その頃は欝になりながらもそれ以外の別の事に意識を持っていこうとしてたんだな。 持っていこうとしながらも、意識にまとわりついて逃れられない感じだったのだろうか。 性欲処理という言葉がよく出てきていた。 あの頃に比べると少年に対する欲求もだいぶ薄れている気がする。 少年に対してショックで感情を持ちにくくなったせいで、それと一緒に性欲も薄れていったのだろうか。 欲求が薄れる事自体は俺自身が少年を汚す可能性が極端に低くなってくれるので悪い事じゃないと思う。 でも、感情が薄れてしまうのは我慢できない。 気持ち悪いオッサンが俺から見て可愛くて可愛くてしょうがない少年をオッサンの自己中心的な欲望のままに汚しまくったせいで薄れてしまったのだ。 少年自身の影響ならともかく、そんなオッサンのせいで薄れてしまうのは絶対に納得していいものじゃない。
なんか落ち着いてきた。 空が明るくなりかけてくると、何故か気分も和んでくる事が多い。 この時間だけ、なんだか現実離れした雰囲気があるのかもしれない。 それで朝目が覚めるとまた息苦しくなって、とその繰り返しだ。 欝状態じゃないと少年に希望が感じられないのかもしれない、と思った。 少年の事で欝になりながらも、絶対的だと思える酷いモノとは全く無縁のところに住んでいる少年の存在を求めて、と。 苦しくてたまらない時だと、そういう目に合っていない子と関われるだけで支えだったり希望になっていたり、そんな感じだった気がする。 本当ならそういう目に合っていないのが当たり前だったはずなのに、何で皆が皆そういう目に合わされてしまっているのか不思議でしょうがない。 オッサンの影響で価値観崩れて感情薄れて、どんどん自分を認められなくなっていく。 欝になるかどうかより、そういう子がそういう目に合わないでいてくれるかどうかの方が比べ物にならないくらい大事な事だったはずなのに、それもまたあやふやだ。 その子がショタに悪戯されながらも俺じゃなくて他のショタを好きになっていたら、と考えた。 自分をそういう目に合わせた人種を気づかうようになるのは凄くやりきれない事だけど、自分じゃないから酷い事だと耐えられなくなりながらもそれに対して口出し出来なかったかもしれないな。 でも、その子が言ってきたのは俺だったからそれを拒絶する権利だけはあったんだろうなと思う。
これだけ吐き出しても起きた事は消えてくれない。 全部無意味に思える。 何が現実なんだろうなと考えた。 それまでの価値観でいくと、自分の中に絶対的な存在を置いて、脳内妄想の中で人生を生きていたんだとも思える。 その妄想を通して世界を見るから全部が全部違って見えて、と。 でも、それなら年齢よりも幼い男の子がオッサン共に悪戯されている事の方が非現実的なはずだ。 少年がそういう目に合う、というのは俺が少年を意識しすぎているから結び付けられやすくなっているけど、現実的には少年はそういう事と関わらずに普通に人生を過ごして行く方がリアリティがある。 なのに何でそういう目に合った、というのが現実にあるんだろう。 それも身近なところにいくつもいくつも。 妄想でもいいからその価値観を通して世界を見れた方がまだ救いがある。 そうじゃなければ関われてもそれほど喜びにならなくても、それを通す事で至上の喜びに変わって耐えられる。 人生の中に少年至上主義といった感じのフレームを付けてる感じだ。 どうでもいい事でさえ素晴らしいモノに思えたりできる。 性欲が感情を高めていた部分もあったと思う。 満たせないから手が届かなくて、届かないべきだからいいんだと納得させて、それが崩れたのがショックで嫌で耐えられなくて、と。 満たせないから「満たさなくていいんだ」と納得させる事ができたのに、それを崩してしまうような可能性を示される事に対してある種の恐れのようなものがあったと思う。 自分自身に少年とのそういった類の可能性が出てしまうと「満たせないからしょうがない」と諦める事ができなくなりそうで、その可能性を否定したいという気持ちもあったような気がする。 出会い系とかそういった類のサイトを極端に避けているところがあった。 それも含めて、事実に対して欝だったんだろうなと今になって思う。 そういう特別な少年の存在だけは、そういった性的なモノと全く関わりのない別の次元に置いておきたかったんだろうな、と。 自分がそういう欲求を持っている事自体は否定できなかったから、色々な意味でそういう少年が「そういう事と関わりがない」という事は他の何より重要な意味を持っていたように思う。
あんな子に「〜された」とかそういう言葉が当てはまるのが凄く耐えられない・・ 考えられない、、キツイ、許せない・・
教室に入った頃には、テストの残り時間が30分ほどだった。 日本語文法だった。 1ページだけノートをとっていて、それを学校までの電車の中で読んでいた。 その中から1問だけ出ていたので役にたった。 あとは3分の1ほど適当に埋め、15分ほどで終わらせた。 なんだか本当にどうでもいい。 これで来週の木曜日まで学校に行かなくて済む。 学校に行かなくて済むメリットは、朝目が覚めた時の沈んだり後ろめたかったりする状態の時、そのままゆっくり考え続けられるくらいか。
|