リュカの日記

2004年04月26日(月)

やっぱり、自分の中で「こういう風になってたら絶対喜んだりできないし、嬉しい感情も沸いてきにくいんだ」という線引きが出来てるように思う。

午前10時前に目が覚めた。
以前欝になってたような悩みが3個ほど出てきた状態で、どういう風に思えばいいんだろう、とか前はどうだっただろうと考えたくなったのでしばらくボーっとしていた。
今日は一日色々考えていようと思っていたけど、「さっさと家出ろや!」とか母親の怒鳴り声や、向こうの部屋で物に当り散らしている音、ヒステリックな叫び声が1時間ほど続いて何も考えられなくなる。
だから、学校に行って向こうで色々考える事にする。

事実を聞いても、苦しいのはその場限りという感じであまり後に引かなくなった。
本人から詳しい話を聞かされても、心の深いところで「いや、それは嘘だし絶対そういう目に合ってないから」という意識が根付いてしまっていて、キツイ感情が沸くのを無意識で制御してるようなところもある。
学校に居る間、考え初めて2度ほど息苦しくなるくらいまで考えたけど、どちらもその後すぐに眠りに入ってしまってどういう風に考えたのかあまり覚えていない。
やっぱり、寝起きに色々考える事が多いのも、外部?の物に触れず自分の意識の内側に集中しやすいからなのだろうか。
5時限まであったけど、5時限目が休講らしく早めに帰ってこれた。

どういう風に思えばいいのか分からなくなって、どうすればいいのか、それを絶対的だと思える相手に諭してもらって迷いを消したい。
そういう意識があるけど、今じゃその絶対的であったものがそういう存在じゃなくなりつつあって、その言葉を強く受け取る事もできないだろうな。
今、そういう子について考えているのは、以前のような「許せない」とか「絶対そういう目に合わせたくない」という強い感情や実感からじゃなく「以前はこういう風に感じていたから」という意志?だけによるものになりつつある。
大雑把に「そういう目に合った」と聞かされ、それがどういう意味を持つのか分かっているはずなのに、それがどれだけ酷い事なのか実感できなくなる。
「何を許せないのか」「どう許せないのか」それが強く実感できていない今、「こうすればいいんだよ」「これは駄目だから」みたいな、こういう風に感じたからこうなんだ、という自分自身で絶対的に正しいんだと思える判断で良い方向へ導いてあげるのも難しくなって、ただ「モラルじゃこれが駄目だとしてるから」とそういう中身の無い言葉だらけになってしまう。

告白してくれた子について考えてみた。
何で好きになってくれたのか。
俺がまだ自分の性癖の事で悩んでいる時に、「辛そうだし僕が楽にしてあげたい」と同情みたいに思ってくれて好きになってくれたようだ。
考えてみれば、それはその子がショタ親父に悪戯された後の事で、その時悩んでいた内容も「満たしたいのに満たせない」だったし、その子に悪戯したショタ親父と何も変わらない。
自分を酷い目に合わせた奴と同じような奴を好きにならなくちゃいけなくなって、その子自身は自覚していなくても、それは凄く酷くて可哀想な状況という事になる。
実際憎まなくちゃいけない対象であるショタをかばおうとしたり。
自分が被害に合わされたのに、そいつが逮捕された事に対して後ろめたさを感じていたようだった。
そういう事実がなくて知り合ったとしても、その子がショタに悪戯されていなかったら俺の事を好きになったりもしなかったんだろうな。
自分が被害に合わされて憎むべき対象なのに、それを軽んじているというか屈折してるように思う。
そういうので好きになってもらっても全然嬉しくない。
他にも俺側の理由で喜べなかったり受け入れられない理由も沢山ある。
そいつを憎みながらショタや俺への恋愛感情を消して、ショタ以外の人間で年下とかを恋愛対象にしてほしい思う。

俺側が、そういう男の子を喜べる絶対条件が「悪戯されてない」になっているのに対し、そういう子が俺を好きになってくれる条件が「自分自身が悪戯されている」になっていて、それで今までずっとうまくいかなかったんだ、と思う。


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リュカ

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