リュカの日記

2003年06月22日(日)

今日は午前11時半頃に目が覚めた。
寝起きから昨日聞いた話など色々と考えさせられる事が多かったので気分が悪かった。
昨日寝る前にネットで知り合った人の掲示板等に自分のホームページのリンクを貼っておいた。
今日その人たちのホームページを見てみると「初めてにしては良く出来ている」「もうちょっとコンテンツを増やした方がいいんじゃないか?」などの感想をもらえた。
昨日映画を借りてきたのだが、気分が沈んでいて全然見る気が起きなかった。
ショタコンのメッセ相手がオンラインになっていたので自分のホームページの感想を聞いてみることにした。
「よく短期間でこれだけのものを作れたものだ」と言ってもらえた。
相手に自分の欝の事などを相談した。
数時間話をしているうちに少しだけ気分がスッキリしてきた。
少しだけ借りてきた映画を見てみる気になれた。
「ロード・オブ・ザ・リング」の前編を見た。
最初はそんなに面白いと思えなかったのだが、見てるうちに少しずつのめり込んでいった。
なんだかロールプレイングゲームのような世界観だ。
見終わってしばらくすると、久しぶりにメッセ相手の子とメッセが繋がった。
俺のホームページを見せてみると「日記全部読むのは大変です」と言われた。
他の少年固定にも「よく毎日書けるね」みたいな事を言われていた。
何故俺は毎日こんなにも長文を書いているのだろう、と考えてみた。
いつの間にか日記を書く事が毎日の習慣みたいになっている。
日記サイトに金を払っているのだから毎日書かないと勿体無い。
それに、今まで何年も何年も誰にも相談できずに自分の中だけに色々と溜め込んできた物が多すぎる。毎日毎日吐き出したい事が次々に出てくる。
自分の中に何も残しておきたくないといった感じなのだろうか。
FF10で「最後かもしれないだろ、だから全部話しておきたいんだ」といった台詞があるのだが、そんな感情もあるのかもしれない。
幼少の頃の俺はいつ親が死ぬかもしれないと思い、自分に起きた出来事や思った事をなんでもかんでも親に話していた。
そういう感情も少し残っているのかもしれないな。
自分の中にある物を全部吐き出しておかないと気持ち悪いというか気が済まないというか・・
明日から学校である。今日のうちに「ロード・オブ・ザ・リング」を全部見ておこうと思い、途中でメッセを止めて映画の後編を見ることにした。
メッセ相手の子がせっかく話しかけてきてくれたのに、、少し悪いことをした気分になった。
西洋の昔話に出てくるようなモンスターがリアルだった。
主人公のフロドは仲間から離れて一人で使命を果たしに行こうとしたのだが、従者?のサムが追ってきて一緒に行くことになった。
フロドは「着いてくるな」と言ったのに、サムは頑としてフロドのそばを離れようとしない。
本当は自分一人で行かなければならないのに、結局サムはフロドに着いて行くことになった。
その主人公と従者の友情に感動した。
本来なら一人で行かなければない旅なのに一緒に着いてきてくれる仲間が居たらどれだけ心強いだろうか、と思った。
相手は自分の人生に巻き込まれてしまうことになる。
自分の人生よりも他人の人生に付き合ってくれるような人間。
俺はかなり両極端に傾く人間なので、友達というのはわずらわしいだけの存在だと思っている。
でも、友達が大切で大切でたまらなかった時期もあった。
今までにも時期によって、広い意味で人間が好きで好きでしょうがない時期と友達がどうなろうが知ったこっちゃない、死のうが生きようがどうでもいいといった時期があり、何度もどちらかに極端に傾いて行ったり来たりしていた。中間が無い。
今現在はどうだろう。自分のタイプの子だけが大切で、他の人間はどうでもいいといった感じだろうか。
友達を大切に思っていた時期はよく映画の中に出てくる人物を自分や友達に重ねていたし、そういった類の夢をよく見ていた。
どの友達が自分の人生に付き合ってくれるのだろうか、どの友達を連れて行こうか、どの友達と行動を共にする事になるのだろうか、意外に親友ではない友達が着いてきてくれたりして、それが縁で親友になれたりするのだろうか、と考えていたものだ。
さっき映画を見ていた時に少しだけその時期の心境になって、色々と考えてみた。
そういった友情が少し羨ましく思えた。
でも、本心でそう思えていたのは子供の頃だけなんだろうな。
子供の頃は人生そのものが冒険だった。
いつ凄い冒険が始まってもおかしくないと思っていた。
今じゃ現実が見えすぎている。環境や心境がその頃とはまるで異なっている。
少し虚しい気分になった。


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