I.W.O.活動日誌

2005年03月20日(日) 第23回定期演奏会

待ちに待った、気の重い日である。おかしな日だ。
わくわくしたいはずなのに、気がかりの方が多い日なのである。
この日を待ってたはずなのに、来てはいけない所に来たような感じでもある。
ま、十年以上前までは、コンクールでも演奏会でも、
当日が来ると逃げ出したい思いに駆られることがよくあったものだが、
場数をこなしたおかげで、不安も楽しめるようになってはいるけれど。。。

毎年、この日の午前中は吹かせすぎないように心がけているが、
きょうはちょっとやりすぎてしまったかもしれない。
バランスの調整や、ウインドマシンの調整で、予定外の繰り返しが入った。
せめてウインドマシンだけでも、昨日のうちに確定しておくべきだったが、
最初に試した布にもどすという試みを忘れてしまっていたのだった。
こういう繰り返しが増えるということは、
私自身が舞台と客席の間を走る回数が増えるということだから、
本番前によけいに足腰を酷使することにもなるわけだ。

本番は、きわめて順調に進んでいたと思う。
ギリシャ民謡のアッチェレランドでチューバの遅れに気づいたけれど、
そう破綻するということもなく取り戻したようである。
その苛酷な終楽章が終わったとき、足の指が引きつっているので焦った。
脚がつりかけている前兆みたいなものだ。
練習時にも、昼間に他の練習を立ちっぱなしでこなしてきた後で、
この市吹の練習に来ると、しばしばこの症状に悩まされる。
油断したら本当につってしまったこともある。
先行きに大いに不安を感じたけれども、次の曲を降り始めたら忘れた。
せんばやまが終わって裏に引っ込んで、少しだけ屈伸運動などして調整した。
また舞台に歩いて出ながら不安だったけれど、振り始めたら忘れてしまった。
自分が今指揮台のどの位置にいるかも時々確認しながら振っていたので、
指揮台から落ちそうになるような危険もなく、無事終了した。
第2部の方も、大体練習よりかっちり仕上がったような感触で、
振っている私としても、完全燃焼できたという感触だった。
だから、終わって楽屋で座り込んだら、しばらく動けなかった。

さて、きょうの問題点は、、、(チク、チク)
午前のリハの休憩時間に、飾りのついたバトンを渡された。
「マツケン・サンバの時、これ持って振ってもらえませんか?」
持って振るくらいはいいんだけどね、、、しかし、遅い!!
そして、リハが終わってからTpの連中が振り付けの練習を始めた。
意欲は認めるし、今さらやめろとは言わないけど、それにしても、遅い!!
やるならちゃんとやる、というのが私の主義なので、ぶっつけはダメである。
そういえば、前にもこういういきなりの演出があったなぁ。。。

どうせやるなら、曲全体の中でバランスよく構成しないと効果が乏しいので、
演出の提案があれば、2月の合宿までにはするようにしましょう。
私もあの棒を持たされたものの、持ち続けていれば踊らなきゃ変みたいに
なりそうだし、かといっていったいどんな踊りなのか、
1度しか見たことないので、もう見当つかないし、、、で、
曲の中ほどは胸ポケットに片づけさせてもらわなきゃならなかった。
ところが、観客は、こういうことがいきなりの付け焼き刃ではなく、
以前から準備されていたものと思うものである。
だから、それなりの計画や準備をした上でステージを作りたいものだし、
不十分な準備でステージに出すのは控えたいものだ。

しかし、あの法被と面はなかなかよかったね。
全員でなくて、1段高い後ろの1列だけが着ていたのが、
かえってすっきりした図でよかったように思う、、、あの窮屈な舞台では。


打ち上げでアンケートに目を通した限りでは、
「ギリシャ民謡組曲」の人気が比較的高かったのが意外だった。
最初選んだ時は、ちっとはおもしろくするつもりだから、
我慢して聞いて下さいね、という程度の気持ちだったのに。。。
私がアンケートで一番注意して見るのが、その、よかった曲、の欄である。
プログラムのほぼ全曲に渡って散らばっていればいるほど、
選曲が成功したと喜ぶことができる。
今回もざっとみたところかなり散らばってたようだ。
これで最終的にほっとできるのである。


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