| 2002年03月18日(月) |
第20回定演の日(2) |
今回の定演の1番緊張する場面は、1曲目の頭にあった。 フルート1本で始まり、すぐにホルンが追いかける、そのタイミング。 それから、しめやかな金管合奏部分、トランペットのフレージング。。。 そこを失敗なく切り抜けることができたので、後は気持ちよく振れた。
ここ数年思うに、いつも指揮台の上で聞こえる演奏がたいへん心地よいのである。 この感触は私にしか味わえないので、団員にはたいへん気の毒である。 練習時に客席で聴いた感じでは、客席には指揮台の位置ほど心地よく聞こえていない。 でも、私が客席で聴いたときよりも本番の方が、 客席へはいい演奏が届いているに違いない。 とにかく、かなり安心感というか信頼感をもって、心地よく ステージの上で音楽を作っていけるというのは、なかなか贅沢な楽しみである。 そういう楽団になる前には、何年も費やしたようなことになるけれども、 さらに、もっと客席にすっきりした音を届かせるためには、 まずは、合奏時間外でのパート練習・研究の時間が必要だろう。
本番での演奏が心地よく聞こえる別の理由として、 公民館講堂での響き具合と、ステージの響き具合の違いももちろんあるけれど、 練習と本番との、音楽に向かう心構えの違いというものもある。 練習の時は、どちらかというとあら探しをするので、 気になるところがあると、それを取り上げるかどうか迷ったり、 ちょいちょい心が後戻りしなければならない。 本番は、細かいことにはもう頓着せず、前に向かって創って行くしかない。 音楽の流れに心を委ねて行くしかない。
もうひとつ心地よいのは、お客さんの拍手である。 客席の拍手がひどくそろって聞こえ、振り向いたときそのように目に映る。 われわれの演奏よりも、この拍手の方がよくそろっているんじゃないか、 と、一抹の不安と劣等感を感じさせられるほどである。 まぁ、会場が狭く、密集しているせいもあるけれど、 私の別のさまざまな機会での経験からすると、 こういう拍手はそうたやすくもらえるものではないので、 「お客さまは神さまです」という感じである。 もっと自信をもって〈好意的〉な拍手を浴びられるよう、 もっとすっきりした音を客席に届かせられるようにしたいものである。
とにかく、創立30周年、第20回記念、私の就任12回目(小還暦)という、 演奏会が無事終わった。今年は病欠がなかった点でも万々歳である。 節目を終わったということは、新たな課題に向かう出発のチャンスである。 それにもかかわらず、打ち上げ恒例のあいさつでは、 さんざん飲み食いしたところへ、何の予告もなくいきなり指名を受けてしまって、 バカな話を連発して笑われっぱなしで終わってしまったので、 ちょっと改めて上に書いてみたのである。 具体的なことは、これから相談したり、別の機会に書いたりするとしよう。
アンケートを読むときに1番関心があるのは、特によかった曲、の欄で、 選曲担当としては、これが散らばっていればいるほどうれしいものである。 今回もよく散らばっていたのでほっとしたが、 「舞楽」を書いていた人が多いのが、予想を超えていたので驚いた。 この曲の練習には、団員もいらいらすることが多かったことだろうと思うが、 まぁ、これに免じて許してもらえるとありがたい。 曲が多すぎるとか、演奏会が長すぎるとか、話が長すぎるとか、 演出が無愛想だとか、心配されていた文句もほとんど書いてなく、 1番心配していた譜面台倒し事件を非難するコメントもなく、ほっとしたのだった。 来年はぜひ譜面台ドミノ倒しを、と書いてる人がなかったのは、ちょび残念だったけど。。。
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