黒澤明の『生きる』を観た。 30年間役所に勤め続け、時間をつぶすためだけの仕事をしてきた主人公・渡辺。ある日、自分が胃がんにかかっていることを知る。自分は今まで何をしてきたのか、生きたといえるのだろうか? また、残された時間で何かすることはできるのだろうか。その時目にとまったのは、市民から提出されていた下水の埋め立てと公園建設の陳述書だった。
ブランコに乗りながら『ゴンドラの歌』を歌うシーン(命短し、恋せよ乙女)が有名だろうけど、この映画は他にも名シーンがいっぱい。
胃がんが発覚し、無気力になりながら街を歩いているときに市役所の部下だった女性と出会う。そしてある日、一緒に喫茶店に行く。隣ではバースデイパーティーが準備されている。 女性に胃がんのことを打ち明け、なにをどうしたらいいのかわからないという。女性は、なにか作ってみたら?と答える。その言葉でハッと気づいた渡辺は店から飛び出していく。階段を下りていくときにすれ違いに上がってきたのはバースデイパーティーの主役だ。階段の上からパーティーの参加者たちが「ハッピーバースデイトゥーユー」を歌う。さながら、渡辺の生まれ変わりを祝うかのように。
そして物語は進み、画面には渡辺の通夜の席が映し出される。そこにいるのは以前の渡辺と同じように「なにもしないことが仕事」の人間たちだ。 通夜の席でさえも上司を持ち上げたりしてご機嫌伺いをしている。そこにやってくる主婦たち。埋め立てと公園建設の陳述書を出したのも彼女たちだ。渡辺に対して涙を流しながらお焼香をする姿を見て、役所の人間たちは気まずい思いをする。 しばらくして、最後に渡辺の姿を見たという警官がやってくる。警官によると渡辺は「楽しそうに」公園で歌を歌っていたという。 その話を聞いて役所の人間たちはやる気をみなぎらせる。俺も明日からやるぞ!渡辺さんに続け!! しかし翌日、役所ではそれまでと同じように「時間をつぶすことが仕事」をする彼らの姿があった。
黒澤さんが天才の理由は、物語の構成と描かれる人間のリアリティにあると思う。この物語は、不治の病にかかったと気づいた人間が残りの人生で何をするのかという単純な話だ。物語は、主人公の胃のレントゲン写真で始まり、彼が作った公園で子どもたちが遊ぶシーンで終わる。しかしその間に通夜のシーンが効果的に挿入されている。公園を作ると決意し、行動し始めた次の場面で一気に通夜まで飛ぶのだ。そして、通夜の参加者たちの証言によって決意の後の渡辺の行動が描かれる。この構成力! そして、こういうストーリーにありがちなお涙ちょうだいで終わらないのも通夜のシーンによるところが大きい。そこでは酒を飲んだ時にしか他人を批判できない小心者が描かれ、渡辺の影響を受けて明日からは変わろうと決意した人間も次の日にはそれまでと同じように書類の山に埋もれる。まるで黒澤さんが観客に「お前らもどうせ明日にはこうなんだろう。渡辺みたいな人間になれるのか?」と問いかけているかのように思える。
観終ったあとにベッドに横になってその余韻をかみしめた。
途中、役所の部下だった女性と一緒にパチンコに行くシーンがあるんだけど昔のパチンコって楽しそう。一発弾いて、その一発がどうなるかを見守る余裕があるから。子ども向けのパチンコとかピンボールって感じ。一発をぽんと弾いて、色々な動きをしながらどこに入るのかを見守る楽しさ。どちらかというと駄菓子やに置いてあるのが似合いそうな・・・。 今のパチンコはちょっとハンドルをひねっただけで何発も飛び出る(んでしょう?)からなんか忙しそうです。昔のパチンコだったらちょっとやってみたいんだけどなぁ。どこかの会社がリメイクしてくれないんでしょうか。でも、仮にそういうゆっとりパチンコが出来たとしてもパチンコ屋にある限りは行かないと思う。
最近は日記すらキチンと書いていないのに、web拍手してくださってる方どうもありがとうございます。毎日チェックしてくださってる方ありがとうございます。読んでくださったあなた、ありがとうございます。
|