ゆうじの日記

2003年07月13日(日) 僕は井戸には落ちない

久しぶりにブックオフに行ってきて「ノルウェイの森(上下巻)」と日本文学全集の芥川龍之介の巻を買ってきました。3冊で300円。よっしゃ〜?

「ノルウェイの森」は実家にもあるのですがまぁ買っておこうかなって感じで思わず購入。ちょっと後悔してるけれどもこの作品ならばっ!
ただ、自称「村上春樹好き」で「ノルウェイの森」を読んでる自分がちょっと恥ずかしいかも・・・。や、もちろんこの作品は好きなんだけれどね。

昔々、といってもせいぜい二十年ぐらい前のことなのだけれど、僕はある学生寮に住んでいた。僕は十八で、大学に入ったばかりだった。東京のことなんて何ひとつ知らなかったし、一人ぐらしをするのも初めてだったので、親が心配してその寮をみつけてきてくれた。そこなら食事もついているし、いろいろな設備も揃っているし、世間知らずの十八の少年でもなんとか生きていけるだろうということだった。

「ノルウェイの森」の第2章の頭より。

僕自身が六月で19になったのと、大学ではなく専門学校だということ以外はほとんど一致する。やっと自分とシンクロさせて読むことができるかと思うと非常に嬉しい。

全集のほうはさっき奥付をみてみたら昭和42年の発行だというからそうか、僕よりも17歳も年上なのか・・・とちょっとビックリ。

定価390円だそうです。

全集が今の文庫本くらいの価格で手に入る時代。う、羨ましい(いやそりゃもちろん今とは390円の重みは違うんだろうけどさ)

詩集、どうしよ〜!

現代文化論のレポート、どうしよ〜!!

うわ〜ん、困ったよ〜。誰かヘルプミー。・・・と言いつつやるときはやるのがこの俺、長谷川悠治。心配無用、ははん♪

詩、なんか普通の「超短編雑文」みたいなのしか書けましぇん・・・。
読んでいるだけでそこから何も連想しない、そんなのは「詩」じゃない。私的に「詩」は「メタファーのかたまり」であると思ってるんですが如何でしょ?

夏の光の元、僕は留里と遊ぶ。

留里の家はまだ畳でその匂いはなんだか僕を普段と違う場所へ導いて。

この家の庭には井戸があり、その井戸はとても、深い。

やがて秋になり、良子が引っ越してくる。

田舎になれてない良子は井戸に落ちてしまう。

幼い僕はそれを見ているだけしかできず。

結局、彼女は井戸からはい上がることができなかった。


ちょうど「ノルウェイの森」買ったんで「井戸」を使ってちょちょいっと書いた。

井戸は女性=留里。引っ越してきた良子は留里の体に宿った幼い命。井戸からはい上がることのできなかった良子=死産。

・・・話しにならんな。元々文章書きが下手なうえに「メタファーとしての井戸」を書こうとしてそれを意識しすぎてる。


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ゆうじ