風太郎ワールド


2003年05月02日(金) スカラー波

最近、白装束が世間を騒がしている。

白装束なんて聞くと、



    ↑クリックするとメッセージが変わります(ランキング投票ボタン)を思い浮かべると言えば、ある年代の方々には大きく頷いていただけるかもしれない。

しかし、いまニュースやワイドショーがこぞって取り上げている白装束は、正義の味方とは似て非なる一団だ。

何でも、代表(教祖?)である女性をスカラー波攻撃から守るため、転々と移動しながら調査をしているという。

*    *    *

この「パナウェーブ研究所」と称する団体。ウェブサイトなどを覗いてみると、宗教団体でもなければ真っ当な科学団体でもない。まるでSFかマンガのようなことを言っているのだが、本人達はいたって真剣。ちょっと理解に苦しむトンデモ団体だ。

そういや、似たような団体が過去にもあった。彼らの特徴として、一見高級そうな科学知識を振り回す。

たとえば、スカラー波。

物理の定義では、スカラーとは温度のように大きさだけあって方向を持たない量を指す。それに対してベクトルは速度のように大きさも方向も持つ。

スカラー波といえばスカラー量の波動なら何でもいいはずだが、「パナ研」のいうスカラー波は特別だ。位相が反対のふたつの電磁波が完全に打ち消しあう時に、そこに「スカラー波」が生じていると主張する。そしてそれは重力波だと言う。頭の中に疑問符が飛び回るが、これ以上科学的に厳密な論述は彼らのウェブサイトには見当たらない。

このスカラー波という概念。元々はThomas Beardenという人物が言い出したようだ。彼のウェブサイトなどを覗くと、さまざまな物理の概念を駆使して独自の理論を展開している。ところが、あちこち論理に飛躍があり、ずれている。

たとえば、Beardenはスカラーとベクトルについて語るとき、ベクトルの総和がゼロになるとゼロベクトルになり、それはすなわちスカラーだと言う。ゼロベクトルはスカラー?

また、スカラーには必ず内部構造があり、その中ではたくさんのベクトルが打ち消しあっているので、スカラーはすなわちベクトルなのだと言う。どこかに飛躍がないか?彼の使っている「スカラー」という単語の定義、どうも一般的に数学者や物理学者が使う意味とは違う。勝手な解釈をしている。

また、スカラーは"motionless"(静止している)、ベクトルは"in motion"(動いている)という説明をしている。ベクトルの持つ「方向」を「運動」と混同しているようだ。もちろん、運動にも方向はあるんだけど。

さらに、スカラーは時間ベクトルだと言う。ますます訳がわからない。

Beardenは曲りなりにも大学院まで教育を受けた人物で、彼の「理論」には難しい物理の概念や用語が散りばめられている。

科学に縁がない人の多くは、なじみのない科学的議論で畳み掛けられると、圧倒されて思考停止に陥り、論理の飛躍や欠陥に気付かないことがあるかもしれない。

しかし、そう簡単に諦める必要はない。怪しい理論は、たいてい非常に基本的な概念を誤解したり、用語の定義を曖昧にするところから始まる。そういう曖昧さを追求していくと、論理が破綻し始める。

「パナウェーブ研究所」のウェブサイトでは、スカラー波だけではなく、重力子や重力生物学という表現も踊っている。もちろん、彼らの「説明」は何も証明しない。ただ、そういう難しい用語とか概念を借りてきて、自分達に都合よく解釈しているだけだ。

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近年、科学知識で武装した宗教まがいの団体が増えてきたように感じる。オウム真理教でも、医学部や理学部で高い教育を受けた幹部が何人もいた。

世間の人は、合理的な思考を身につけているはずの科学者が何故宗教に走るのかと訝るかもしれない。ところが、本来科学と宗教は対立するものではない。排他的なものではない。

近代物理学の祖ともいうべきニュートンは、物理よりもずっと多くの時間を、聖書と錬金術の研究に費やした。物理を研究したのも、神が支配するこの世界の原理を理解するためだったと言われている。

恐いのは、科学を中途半端にしか理解していない連中が唱える似非宗教であり、トンデモ団体なのだ。

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スカラー波もSFとして楽しめば夢もあるが、どこで何を間違ったか本気にしてしまう連中が出てくるから始末が悪い。

しかし、人のことは言えない。私も中学生の一時期、清家新一の本を愛読し「反重力」なんてのに夢中になっていた。無知とは恐ろしいものだ。

科学も宗教も、そしてトンデモ話も、よーく気をつけないと、ホント紙一重なのだ。


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