「ありふれた奇跡」の2回目。微妙なものはもう微妙として。言葉にしようとしてなかなか言葉にしづらい感情を、なるべく相手に伝えようとする2人のやりとりを見ていると、そういうドラマをここしばらく自分が見ていなかったからちょっとした違和感があるのかもしれないなあと思うようになってきた。言いたいことも聞きたいことも、すぐ通じる相手とのやりとりがドラマは普通で、通じない人は相手にしないで通り過ぎてしまう。辛抱強く、分かってほしい人とは話をする、というのんびりしたスタンスは、男女の関係に限らずとても大切なんだけど、テレビドラマの中ではテンポのほうが優先されるのかもしれない。

相手の言いたいことを汲みながら話を聞くということが、自分の考えを相手に伝えることよりもこのドラマの中では大切にされてるのかなと思う。古くさいとかでなく、大切にしているポイントが違うのかもしれない。それが世代の違いからくる価値観であってもそうでなくても、誰でも自分に返しながら見ることもできるかも。明日出会うかもしれない誰かと自分の、来月出会うかもしれない誰かと自分の、今年の夏頃出会うかもしれない誰かと自分の、ありふれた奇跡のような関係に通じていく何か、のようなもの。
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