日記
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2004年07月07日(水) お、連日書いてる

ロンドンは、公園とかちょっとした広場にも「No〜」の立て札がやたらと多い。「no cycling」「no ballgame」「no skateboard」とか、どこでも2〜3個はあった。その割にはまともな道案内の標識は少ないので、旅行者にははなはだ不便だ。あと、たまーにあるベンチも目の前がすぐ壁とか全然座りたくない位置にあって、「何を考えてるんだ」と首をかしげてしまった。運河ぞいの橋のたもとには必ずといっていいほどベンチのあるアムスが懐かしかった。横にはちゃんとゴミ箱もあって、弁当食べたり一服できて居心地が良かったなあと。

ほんとに偏執狂的に「No〜」の看板が多くて、「俺なんかNo noという看板作りたくなったよ」と妻に言った。「こういうお国柄だから、ジョンレノンはオノヨーコの「YES」にガーンと来たのか」と妻は分析していたが、てことはその頃からイギリス進歩してないじゃん。聞いたところだと、ロンドンには外国人も多いので、生活習慣の違う彼らにルールをわかってもらうためだというのだが、んじゃアムスは外人少ないのかよって話になる。きっと規制を作るのが好きなんだろう。階級社会だし。あと監視カメラも多かった。オー、ビッグブラザー。整然とした社会を見たいわけだ。さすがEUのなかの最親米国家。ヒースローにはマシンガン持った兵士がたってた。それに近い雰囲気の東京に暮らす僕としては、混沌とした灰色の領域を暗黙のノリで行き来するアムスの方が、面白い。今回もスキポールの禁煙灰皿は健在だった。そしてノリを間違うと食らうしっぺ返しもいい。

そういえば今回アムスで泥棒にあった。といっても洗濯物を盗まれただけだが。マックバイクの荷台にアルバート・ハインの袋に入れてゴムバンドでくくりつけていたのを盗まれた。アルバート・ハインの袋は、それを提げて道行く人がいかにもアムスっ子風に見えて、必要もないのに欲しくて16セント払って買った物だ。店員に「袋ください」というのは恥ずかしかった。ちなみにオランダ語で袋は「Tas」といいます。僕は「バゲージプリーズ」で袋を持つ手振りまでしたけど。そこまでしないと通じなさそうだからさ。僕としては洗濯物より苦労して手に入れたその袋がなくなった方が痛かったが、妻は結構高いらしいジーパンを2本も盗まれて、ショックを受けていた。
確かにちょっと不安な気もしたが、バイエンコルフの前で人通りも多いから大丈夫でしょ、それに洗濯物だけだし誰もほしくないでしょ、と僕は油断していた。それが逆にアムスのこそ泥のプライドに火をつけたのかも。「マックバイクの観光客がなめやがって。ここで何もしなかったら俺様の沽券にかかわる」という感じか。まあ、貴重品を盗られなくてよかった。袋もそのあと3袋くらい買えたし、妻も服を買うと荷物が増える心配から解放されたし。ともかくアムスのこそ泥は、抜け目ないので要注意です。そういえば以前もマック・バイクのゴムバンドだけ盗まれたことがあった。実にセコイという気もするが、盗めるものなら盗まないと自己の存在理由が失われたように感じるのだろう彼らも。よし、じゃあ盗んでくれ。以前、これは東京の六本木の話だが、酒で酔っ払って公園で寝てたら、財布を盗まれたことがあった。現金と免許証だけだったからかもしれないが、驚きの後、なにか嬉しいような感情が沸いてきて自分で不思議だった気がした。上京してだいぶ経った僕は「東京の六本木の夜って言ってもたいしたことないだろ」と分かった気になっていたのだろう。自分を驚かせるようなことは、もうないだろう。退屈だなあと。それが否定されて、まだ何かあるかもしれないという希望が出てきた気がした。東京サプライズですか? もちろん大して何もないし、ありえないということはその後分かったのだが、結構好き放題が許されて育った子供が、自分を初めて叱ってくれた人を好きになるように、ヤバイ楽しいかもと思った。

アムスではこういう驚きにしょっちゅう会うんで楽しいね。旅行でたまにしか行けないからそうなのかな? アムスに住んでる人のアムスってどこだろ?


けん