WELLA
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1998年12月30日(水) 田舎のねずみ、都会のねずみ

ケンブリッジはロンドンから北へノンストップの急行でおよそ50分の距離である。
ちょうど東京〜高崎間ぐらいか。はっきりいって田舎である。街自体も小さい。街の中心部こそ歴史的な建物が林立しているものの、車で15分も走れば牧草地帯、日が落ちれば真っ暗である。

ケンブリッジに住む日本人は多い。一説によると語学研修などの短期滞在も含めると、ピーク時には5000人を数えるという。どうやって数えるのかは分からないが、その位でも不思議はないような気がする。人口は10万人程度の街なので、これは大変な数である。それに観光客も加わるので、一歩外へ出れば何かしら日本語を話すか聞くかしている。知合いに会う確率も高い。
ここの日本人は大学関係者が多いせいか総じて地味である。もちろんそういう人達にも流行の最先端を行く人はいるだろうが、街自体の雰囲気も地味であるし、少なくとも私の周りはあまり頓着しない人が多いように思う。もっとも、若い子達は眉を整え細身のシルエットに身を包んでいたりするが、ブランドもののバッグをぶら下げて歩いているわけでもない。

ところが、これがロンドンに出ると様子が違う。いかにも観光客が集まりそうな場所はともかく、ロンドンでも一流名店が立ち並ぶ界隈になると、キレイキレイにした日本人達が多数目撃される。いずれも軽装で、立ち居振舞いや言動から長期滞在の人々であることが知れる。おそらく日本企業の駐在員たちであろう、未だ華やかな生活をしている人が多い。
さりげない普段着のように見えるが、それが一つ一つ高価なものであることが見て取れる。コマダム風の若奥様、バッグはシャネル、靴はフェラガモ、スカーフはエルメス、セミロングの縦巻きロールにカチューシャ、目元はぱっちりと、お人形さんのようである。彼らは物慣れた様子で高級ブランド店に入っていっては、商品を手に取り、店員と話したり吟味したりしている。よいものがあったら買おうという感じで余裕がある。

一方、観光客も相変わらず元気である。百貨店に行けば日本人が紅茶をガチャガチャと大量購入しているし、高級食器を扱う店では日本に商品を送る算段をしている。日本人の若者の購買力も衰えてないらしい。あちこちの高級ブランド店の袋をぶら下げてせっせと歩いている。
多くの日本人観光客が海外旅行慣れして、昔のように団体客を見込めなくなった日系のデパートなどは、相次ぐ日本企業の海外撤退とあいまって苦戦を強いられているという。しかし日本でも人気のあるこの手の高級ブランド店は、日本人か日本語を話すスタッフを置いているところが増えている。
先日、高級ブランド店が立ち並ぶ通りを歩いていたら、「日本人の方ですか」と声をかけられた。おとなしそうな若い女性である。「あのちょっとお願いがあるんですけど、お急ぎですか」という。人と待ち合わせをしていたので、あまり時間がないというと、「そうですか」と悄然としている。本当に困っているのならお気の毒だと思って訳を聞くと、実はこの先のとある高級ブランドの店でバッグを買いたいのだが、一人2つまでしか売ってくれないので…という。
絶句した。
二人連れの私たちを巻き込めばあと4つ買えるわけだが、一体彼女は幾つハンドバッグを買うつもりなのだろう。自分の分だけでなく友達に頼まれた分も買おうというのか。
円が以前より弱くなっても、未だにそういう文化はあったのだ。

同じ日本人でもロンドンに住む人達はずいぶん違うものだと、ロンドンに出るたびに思う。
滞在目的、期間、場所、そしてビザの種類によってもそれぞれの暮らしぶりは変ってくる。そんなことは当たり前だと思いつつ、その割には容易に類型化できる気がして、少し寂しい。


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