そういえば当たり前なんだけど、7月なんですよね。 3年前の何日だったか・・・あんまり覚えてないんだけど。 私はこの世から消えようと思って、薬を大量に飲んだんだよね。
いんこ軍団を横に置いて、薬を何千錠もプチプチ出して。 ざくざく飲んだんだっけ。 それから眠った。 もう起きるつもりはなかった。
夢を沢山みた。 病院で退院したい!と強く思って、叫びまくって。 制止しようとする男性5.6人くらいと立ち回りした。 何人かに身体を押さえつけられたけど、暴れて叫んで。 「離せー!帰るつってんだろーがー!」 部屋の中で私を止めようとする人々は敵だと思った。 暴れて暴れて、受付に行ってお金払った。 ・・・暴れたのは事実らしいけど、お金は私自身払ってないらしい。
次に意識を取り戻したのは救急車のなか。 何処かへ搬送されていた。 搬入口に到着して、ストレッチャーでぐるぐる通路を曲がり、 何処かの部屋に連れて行かれた。 記憶は途切れる。
次に目が覚めると、視界がぼーっとする。 どうもコンタクトをしていないので全然見えていない。 でも両親が数メートル先で見守っている様子だった。 身体中に拘束具をつけられ、点滴に導尿の管に、いっぱい何かがついてた。 そこはどうやら医療センターのICUらしかった。
そこに行く前に2件ほど病院に搬送されたらしいけど、暴れるので。 面倒見れないと回されたらしい。 医療センターでも幻覚をしばらく見た。 誰かに自分の作ったケーキを食べて欲しいと言われたので。 管という管を全部、ちぎって約束の場所を探して歩いた。 やっぱり看護師に見つかって、更に拘束具の強化されたのを つけられてしまった。 腕も身体も脚も。全部縛られた。
そうやって薬の幻覚が抜けるまで何度もおかしなことをやったらしい。 あんまり覚えていない。 自分では夢だと思っていたから。
しばらくして、右のふくらはぎが痛いことに気付いた。 切断・・・というとこまで話がいったようで。 何とか切らなくてよくなったけど、麻痺という代償が残った。 右足の親指に通じている神経を長時間圧迫させたので。 血が溜まって、切ってしまったとのこと。 これはもう戻らない可能性がかなり高い。
ICUに10日間くらい居て、一般病棟に移った。 主治医が怖い人で。 やはり命を粗末にする人間が嫌いなようだった。 その時の私はまだ平気な顔をして。 「また、薬飲んで死にます」 とか主治医に向かって、言ったし。
私だけが苦しいワケじゃないのは充分わかってる。 でも自分の苦しみは自分にしか、わからない。 その時の私はもう耐えに耐え抜いたので、楽になりたかった。 ただ・・・それだけ。
何千錠も飲んだのに、今度は薬を一切もらえない日が続いた。 禁断症状が出始めたけど、主治医がなかなか処方してくれず。 ベッドの上で、大量服薬後の後遺症と薬の切れた二重の苦しみに襲われた。 自業自得だなとは解っていたけど、それはそれで無茶苦茶苦しかった。 発狂しそうなくらい苦しみ、主治医に最低限の服薬をお願いした。 一日くらい放置されて、やっと1錠の薬をもらった。
それからはもう転院して欲しいな雰囲気。 精神的なことの治療は拒否された。 脚の麻痺のリハビリがメインになった。 足首が麻痺しているのでスリッパが履けない。 数週間寝ていたので、脚の筋力がかなり低下していて歩けなかった。
1人でも歩けるように麻痺した脚に装具を着けることになった。 脚の型を取られて、オーダーメイド。
自分勝手だと、つくづく思ったけど。 家に早く帰りたかった。 1ヶ月経って、ようやく実家に戻れた。 いんこ軍団に会えた。嬉しかったし、申し訳なく思った。 命を預るという決意をしたのに、自分のことしか考えなかった。
しばらく家での療養。 それから1ヶ月くらいして、家庭的な事件が勃発。 ショックを受け、また農薬を飲んで死のうとした。 5分くらいで全てを吐き出してしまい、死ねなかった。
その時に思った。 人間って・・・なかなか死ねないんだな。 命を落としている人も実際にはいるけれど、私は死ねない。 時間は掛かったけど、気持ちの切り替えが課題になった。
死ねない。 生きるしかない。 生きるなら、楽しく生きたい。 脚は麻痺したままだけど、切断しなかっただけでも幸せ。 福岡のアパートも引き払って、実家に本格的に住むことになった。
田舎での生活。 これはいい選択だったんだと、今、改めて思う。 社会に復帰出来るように、少しずつ出来ることをやっていった。 バイクの練習もしたし、派遣にも登録した。
ちょっとずつ動き始めた。 時間は掛かったけど、今、生きている。 悲しいことや苦しいこと、キツい日々はあるけれど。 生きていて、良かったと思える。
本当なら結婚とか出産とか経験したかったけど、ま、それは仕方ない。 そういうのはご縁だから。 生きていれば、生きてさえいれば。 何か楽しくて、いいことは沢山ある。 そういうことに気付いていければいい。
私は決して強くはない。 ちょっとしたことに動揺するのはまだ変わってないし。 ショックも受ける。泣いたりもする。 でも笑うことも出来るし、感謝も出来る。
骨折とかもやっちゃったけど。 仕方ないか・・・と、若い頃の私には出来なかった切り替えが出来るようにもなっている。 これが経験なのかな。 薬の量もだいぶ減った。 もうちょっと頑張れば、飲まなくてもよくなるだろう。 焦らないようにしてる。 時間はあるんだから。
独りで淋しいこともある。 でもいつか、大事な誰かに出逢える日もくるかもしれない。 希望をもつのもそんなに悪くはない。 未来はわかんないけどね。 そういうのは皆、同じだろうから。
いろんな人に出逢えた。 ありがとう。皆にありがとう。 イジめられた10数年もある。 あの人のことは一生忘れないけれど、未だに怖いけど。 そーいう人間にならなければいいんだ。
私は頑張れると思う。 落ち込むことはあるけれど、死のうとはもう思わない。 地獄を味わったから、あれ以上の最悪はそうそう無いだろう。 うん、生きていく。 大きいことも小さいことも喜びを見つけて、生きていく。
大きい3年間だな。 私は私の出来ることをやって、生きていきます。 まだまだ沢山の出逢いがあると思うから。
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