今日は我侭が割りと通る日だとゾロが思っているのにはちゃんと根拠がある。 今日はゾロの誕生日であるからだ。 ちなみにゾロに対してこの刷り込みをしたのはサンジである。だから朝からつれないサンジに対して些か不満はあるものの、ゾロは実のところ大して腹は立てていない。場所も悪かったな。と反省もある。 ちなみにゾロが、自分の誕生日を意識したのはこの船に乗ってからだ。 ゾロ自身は、自分の誕生日に対して、なんの感慨がある訳ではない。 自分の誕生日に対する感想はおそらく生まれて一歳の頃から変わっていないのではないと思う。 まだ子供だった頃は、大人になるのを急いていたから歳をとるのは嬉しかった。けれどそれだけだ。 ゾロが自分の誕生日を覚えるようになったのは、船という環境が大きかったように思う。船上生活というのは、海にいる間、敵船か時化かがない限り、特に凪なんかになった日にはもう、まったく変化がないのだ。 まず外出が出来ない。顔を見る面子も毎日同じ。移動できるスペースも限られている。 これで暇を持余すなというほうが無理な話だ。 ゾロは鍛錬か寝ていればいいのでそんなに痛痒はないが、基本、海上生活初心者と落ち着きのないキャプテンは三日、同じ日が続くと少しずつ、船を壊し始める。別に好きで壊しているわけではないが、余っているパワーが外へ行くのだ。だから船上では、どんな些細なことでも楽しむことになっている。 メンバーの誕生日など、格好の種だ。 ようするに、みんな暇なのだ。 それが判ってから、ゾロは自分の誕生日が祝われることに対しての抵抗はなくなった。 そしてこういう気のそらし方がサンジは抜群に上手かった。サンジは自然と全員のプロフィールを知っている。しかも生まれてこの方海上生活しかしたことのない、サービス業従事経験者は、誰も知らないような行事を実に良く知っていた。おかげさまでゾロも随分と無駄な知識を蓄えた。 けれど何を思っても、ここ数年でゾロがこの日に覚えたことはこのひとつだ。 今日はわがままが通る日だ。 ついでに好物も並ぶ日だ。 実のところ、出会って当初、ゾロとサンジの中は険悪だった。だから初回から他のメンバーとは違ってゾロの誕生日はいつもひねた趣向が満載だった。忘れもしない、初めての誕生日は、ま緑の馬鹿でかいマリモを模したケーキを作ってくれた。次の年は、まるで蝋人形のように克明な鷹の目の顔を模したケーキだった。 当時はまだ短気だったので、ゾロは本気で腹を立てて毎年大喧嘩だった。 若かった。 ちなみにミホークケーキ(口のところにチョコレートで作ったプレートの噴出しでご丁寧にも「おめでとう、弱きものよ」というメッセージ入りだった)はあまりにもリアルだったので、味的には問題なかったものの、ルフィ以外のクルーからも大不評で、特にナミの怒りを買い、当時ゾロの溜飲は下がった。サンジも懲りたのか、そういった真似はそれ以降はなかったが、それでも何かひとつゾロの度肝は抜かなければ気がすまないらしい。ちなみにその名残は今でもある。ある意味、今はサンジがどんなことをやらかすか楽しみですらある。可愛いもんだと今なら思う。 そういった部分は、年月を得て、二人の間にもいろいろ、それはもう、筆舌に尽くしがたいほどいろいろあった今でも変わらない。変わった部分も大きいが。なんせゾロはホモになった。 今年はさて、何をしてくれるか。 ゾロは楽しみにそれを思う。そう思えば今日のサンジはそれでなくても忙しいのだ。朝からやはり無理を言ったかなとちらりと思った。けれどやはり、他人がいる場での発言として、適切なものではなかったという自覚はない。ちなみにサンジの拒絶もそういった意味ではない。やはりウソップはないが、ここのクルーは常識では測れない。 仕方がないから昼寝でもするかと伸びをしたゾロに、フランキーがなにやら数枚、紙を持ってやって来た。見せられたそれは例のラブチェアらしい。言った本人もなかなかいい案だと我ながら思ったのだろう。三枚ほど設計図を見せられた。 どうやらこれが今年のプレゼントになりそうだ。 いろいろ機能は聞かれたが、まあ普段は圧倒的にゾロが一人で座る用になるだろうな。ということで二人の意見は一致した。寝心地のいいもんにしてくれ。という注文によし、とフランキーが頷く。ついでに色はいい青色にしてやるよ。サンジが好きだろう。あいつも昼寝しやすいようにな。 にやりと笑った本職船大工は、小さい心配りを忘れない。出来上がりは若干、ゾロにとってはクッションが柔らかいものになりそうだ。座り心地が良ければサンジも普通に座るだろう。 しかし場所はどこに置くかで今度は迷った。リビングは絶対に無理だ。考えて、サンジの部屋に置くことで決まった。 カバーは次の島に着いたときに用意するからな。出来上がりはちっと待ってくれ。と言いながら、フランキーがいろいろ書き込んだ設計図を丸めて立ち上がった。そのまま自分の部屋に帰ると思いきや、打ち合わせをしている間中、腕を枕に怠惰に寝転がっていたゾロをつくづくと見下ろしてきた。 まったく覇気のないその姿に、フランキーなりに思うところがあったのだろう。どんなにだらしない格好で寝ていようが、それが半ば不貞寝であろうが、一応、これでもこの男は世界でも屈指の賞金首なのだ。 なのに。 「プレゼントがラブチェアってのも安い誕生日だな。おい」 言動ひとつで世界を動かせる数少ない人間と見なされている、やはり一応、本日誕生日の剣豪は、やる気なく寝腐っている。 サンジは構ってくれず、敵船もいないのだから仕方ない。 最近は、わざわざゾロの居場所を探して挑んでくるような向こう知らずも減っているしな、とゾロは少しつまらない気分で思う。 でも寂しいねえ。とにやにや笑う、海パン姿の立派な顎を見上げながら、ゴーイングメリー号から変わらぬこういった、仲間とのやりとりもそうつまらない物でもないと今のゾロは思う。 そうでもないぜ。とゾロはにやりと笑った。 「おまえが作ったソファだろう? 安いもんなのか? それに誰が座ると思ってやがる。おれとあのコックだぜ」 ふてぶてしく見上げられ、ちげぇねえ。とフランキーが上機嫌で笑った。 上機嫌で遠ざかっていくフランキーの背中を見送っていたゾロの腹の上に、今度は気配もなくみかんがひとつだけ転がる。これはロビンの仕業だ。そしてこれがナミのプレゼントなのだろう。 ちなみにたかがみかん。されどみかん。果実のかたちでゾロたち男どもの口に入る機会は実のところ滅多にない。 熟した食べ頃はナミに所有権があるし、熟す前の果実は大体、コックが保存とビタミン補給のためにジャムとリキュールにしてしまう。これは大体、朝食のデザートに並ぶ。そして果実が少し傷めばやはり朝食のジュースになる。 腹筋だけで起き上がって胡坐をかき、ゾロはその滅多に食べれない貴重な果物の皮を剥き、ありがたく食べた。ルフィとは違い、あの夜叉か修羅かというような女の目を掻い潜り、危険を犯してまでみかん泥棒に走ろうという気概はゾロにはない。 ちなみにこの男、職業大剣豪である。 もぐもぐと口を動かしながら、ゾロはなんとなくキッチンの方に顔を向けた。気分としてはまだかなまだかな、という気持ちだったが頬袋は膨らんでいても如何せん顔は無表情だった。サンジが出てくる気配はない。 非常につまらない。 今日くらいは一日、自分のサービスに徹してもいいではないか。少なくてもサンジは動きすぎるのだ。 ゾロは毎年、それが不満だ。 というか、サンジとデキてからときどき不満だ。 もうあんまり覚えていないが、当時を振り返ると現在もいい印象が残っていないから、サンジとは相当、出会い頭の印象は悪かったのだろう。その険悪な出会いから覚えているものも忘れているものも含め、ゾロが自覚する程度には紆余曲折を得てまとまった仲であるのに。ときどきお互い、つくづく見飽きた野郎顔を見ながら「どうしてこいつと」と思わないでもないが、これは自覚のないまま好意が育ち、恋人と最近やっと鳥肌を立てずに思えるようなった相手であるのに。 それでもサンジはゾロとデキようがホモになろうがあまりにもサンジだった。 いや、ゾロもホモになろうがサンジとデキようがゾロであるのだが。 別に世の恋人同士のように愛を囁きたいわけでもいちゃつきたい訳でもないが、ゾロはサンジがいないとつまらないのだ。 それをある日、サンジに言った。 「オイ、つまんねえぞ」と。 なんでか判らないが、そのとき、サンジは珍しく、とても困った顔をした。 蹴りが飛んでこないだけでも珍しい対応だとそのときは思ったが、恐らく――――。 恐らく、サンジはゾロよりまだまともな分、ゾロより「恋人」というものに夢があったのだろう。 しかし、相手がゾロなものだから、サンジの胸いっぱいに膨らんだ夢は、しおしおと音を立てて萎んでいったのだろう。それは何となくゾロにも想像がついた。 何とか理性でも相手が恋人だと納得してから、サンジは特にゾロを特別扱いはしていない。 態度もあまり変わっていない。いい加減、付き合いも長すぎて今更変えようもないし、変える必要もなかったからだが。 ということは、お互いがお互いに割く時間というのが殆どないのだ。 サンジもさすがにその自覚はあったものらしい。 サンジはつまらない。と言ったゾロに、困った顔でアホか。とは言ったがとうとう怒りも蹴りもしなかった。 だからその年の誕生日に、ゾロはちょっと我侭を言ってみた。 その要求にサンジは青筋を立て、ゾロは見事に蹴り飛ばされたが、結局、要求が退かれることはなかった。 そう。なかったのである。 ちなみに最初に言ってみたわがままは「あーん」だった。 沸いている。 別に「あーん。をしてくれ」と言ったわけではない。サンジが作った自分の誕生日使用の料理を指して「食わせてくれ」と言ってみた。 その要求に思い切りよくゾロは蹴られたが、ゾロは初めてサンジが作ったケーキを自分の手を使わずに食べた。それもまるまる自分の分をである。 ちなみにこの間、仲間は見事にこのやり取りをスルーしてくれた。 サンジの目は見事に据わっていた。 が、ゾロはこれで、味を占めたというより納得したのだ。 去年は耳掻きを頼んでみた。 おととしは膝枕だった。 ステップアップというのは時間と忍耐である。 これは大剣豪になるよりも要する忍耐であるかもしれない。今でもゾロは悟りが絶えない。 そう思いながら、みかんを食べ終え、再びゾロは寝転がった。気分はわくわくでもない。そわそわでもない。でもまだかな。といつでも待っている。 サンジを。 太陽は明るく、ここ最近はぽかぽかの陽気だ。イースト・ブルーでは11月といえば秋だったがグランドラインでそうとは限らない。去年は満開の桜の中での誕生日だった。今年は春だ。うとうととしていたら待ち人がいるキッチンのほうからひとの気配がした。 来たな。と思ってもゾロは目を閉じている。ゾロの方へ向かっている気配は何やら重い何かを持っているようだった。足音が近づき、寝ているゾロに影がかかった。 薄目を開ける前に、どん! とかなり重みある物体がゾロの横に置かれた。今度こそ目を開けると、別の場所にこれまたどん! と麻袋が転がる。 なんだ。と思えば大量の林檎が麻袋の中から転がりだした。 最初に置かれたものは、海水の入った小さめの樽だった。 ゾロはまだ寝転がっている。 それをサンジが見下ろしてきた。そしてひとつ顎をしゃくった。 ゾロは内心、苦笑する。ロロノア・ゾロは安くないのだ。顎ひとつで動かせる人間はそう多くはない。そう思いながら、また腹筋だけで上半身を起こした。
林檎とナイフを持ったサンジが、ゾロの膝にすとんと腰を下ろした。
しゃりしゃりと、リズミカルにサンジの手の上で林檎の皮が剥かれていく。それを黙ってゾロは見る。 ここからはサンジの顔は見えない。項と、風にそよぐ金髪が時折、ゾロの頬を撫でる。サンジの顔は見えないが、この位置だと神業と言っていいナイフ捌きがよく見える。それをゾロは飽きずに眺める。 サンジの手元を見ている口角が、無意識に上がった。
ほら、今日はわがままが通る日なのだ。
------------------------------------------------------- えーと。こいつらの現時点での年齢はご想像にお任せを。 ネタ考えてたときに、普通に夫婦してるとなると、未来形だよなあと。でもうちのふたりがここまで腐れ切るのにどんだけ時間がかかるのかちょっと判らなかった…(笑)。10年じゃ無理な気がする。 でもしたら40代か40代でこれか、というのもあるのであまり深く考えないでください。 やっぱ長すぎ。
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