おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざ
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| 2006年11月02日(木) |
ウィーン美術アカデミー名品展へ |
今日は仕事が速く終わったので新宿・損保ジャパン美術館へ。 まずは目玉のクラナッハ数点。やはりこの不健全なエロス・ずばり言ってお色気漂う妖絶かつ退廃的な女性像には惹かれるものがある。まだまだ中世の色濃いこの時代にここまでエロスを正面に押し出しただけでもクラナッハは巨人というべきであろう。その一方でガチガチの堅物のルターとはザクセンで親友になってたというのも不思議な話。クラナッハの筆によるルターの肖像画はドレスデンで見たがそういう目で見ると「このエロ親爺が」と思っていそうに見えなくともない。またクラナッハ画のヘラクレスという珍しいものもあったがやはりこれには人間向き不向きがある、と思わざるを得なかった。 そしてレンブラントの「若い女性の肖像」ほとんど黒と白でかかれたこの作品にもなんとも清楚な美しさが白い襟巻きに象徴されている。さらに背景の黒にもレンブラントらしい暖かさが。 さらにはムリリョの「サイコロ遊びをする少年達」。いかにもムリリョらしいよれよれの服、薄汚れた手、泥まみれの足と庶民の少年の姿を真正面から描いた作品。ただオートガイダーでは「貧しい子供の純心無垢さを捉えた……」とか行っているが違うのではないか?サイコロ賭博をする少年たちの真剣なまなざしを見よ。この小さな賭博士達のしたたかさこそがこの作品のテーマであり、天使でも悪魔でもない貧民達の実情を暖かく見守っていることこそが「無原罪の宿り」で聖母の清らかさをも描くムリリョの本性ではないか。 後気に入った作品を挙げると18世紀のオランダ画家ルーテルブールの「難破船」。フランドルからはいった海洋をテーマにした絵画も少なからずあったがこの絵が一番気に入った。難破して暗礁の上で絶望的な生存への戦いを続けつつ天に祈る5人の船乗り。彼らに差し込む光は天からの救いなのか。その姿には神々しさすら感じる。似た構図の絵としてロマン派の「メデューサ号の漂流」が連想されたが「メデューサ」には絶望こそあれ大自然に立ち向かう人間の崇高さはない。私は神に戦いを挑む人間、といった「アマデウス」的テーマが好きなのもあるがこの作品を高く評価する。 面白かったのがヤン・フェイト「猫の秀作」。ガイダーは「思わず撫でたくなるような……」と解説していたがとんでもない。この絵を見て私は「猫というのは小さな野獣なんだなあ」と再認識したほどに荒々しい猫の姿、といってもそこはやはり飼い猫の限界でやんちゃとしかいえなのがかえって微笑ましい。それと対照的に真向かいに展示されたのがヤン・ウィルデンス「乳を飲ませる牝虎」これこそ撫でたいような毛並みの良さを感じるのは、授乳という母性を全面的に押し出している母の姿であるからだろうが、その視線の鋭さは我が子の為なら命がけで戦う決意を秘めた野獣の母の姿でもある。この2点の展示は計算の上なのだろうか。 夕飯にタイ料理を食ってかえる。
追記.今げっぷしたらタイのスープの激辛成分かなんかが鼻の粘膜にまで込みあがってきたよおいてええ!
べっきぃ
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