無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2005年10月12日(水) 人はいかにして欺かれるか/ドラマ『相棒』〜シーズン�検船好拭璽肇好撻轡礇襦岾娉爾両襦�

 以前、この日記でも紹介した、麻耶雄嵩『神様ゲーム』であるが、びっくりしたことに吾妻ひでおまでがホームページの日記マンガで誉めていた。これはちょっとした事件である。
吾妻ファンでもあるグータロウ君に早速そのことを教えておいたのだが、途端に現物を購入して読んだというから手が早い(←こういう場合に使う言葉ではナイ)。
 けれども正直言って、新本格以降のミステリにかなり偏見があるらしいグータロウ君には、ちょっと「厳しい」んじゃないかと危惧していた。だから「流し読みしたら面白く読めないぞ」とメールで忠告しといたんだが、彼の日記を読むと、やっぱり流し読みして結末の意味がよく分からなかったようである。
 これって、「意味がわかんない」から「どういうことなのか解釈しよう」とした瞬間に、作品自体の本質が見抜けなくなる仕掛けになってんだけど、その罠に見事に引っかかっちゃったんだなあ。「志が低い」なんて言ってるけど、それは「解釈しようとした読者」の志が低いんであって、作品自体がそうなのではない。だいたい内容がよく理解できていないのにその「志」だけは理解できたというのはとんだ矛盾ではないか。実際には何一つ作品が読めていないのである。
 グータロウ君、最近は何かとトンチンカンな言動が多いので、また勘違いしちゃうんじゃないかと心配はしてたんだけれども、悪い予感が当たった形になって、いささか残念である。

 『神様ゲーム』が難読だと思われているのは、あのとんでもないオチを付けてくれたことに起因しているのだが、もちろん、それが作者の仕掛けた「罠」であることは言うまでもない。たいていの読者が「鈴木君は本当に神様だったのかどうか」という点でアタマを悩ませているようだが、それは実はどうでもいいことなのである。
 ミステリーである以上、ネタバレは控えなきゃなんないのだが(そのあたりを気にせずに平気でオチ書くやつらがネットには多すぎるんだよな)、ある程度は書かないことには、グータロウ君が落ち込んだ陥穽がどんな性質のものなのか、説明ができない。だからギリギリの線で、トリック等についても触れることになるが、諒とせられたい。
 ネットであれやこれやと「解釈」している読者が、ポカンと忘れてしまっているのは、これが主人公・芳雄の一人称で描写されているという事実である。
 ミステリを書く場合、それを一人称で描写するか、三人称で描写するかについては極めて重要な意味がある。即ち、それが「叙述トリック」に深く関わってくるからだ。一人称を採用した場合、その語る言葉にどの程度の客観性があるかは重要なポイントになる。所詮は「主観描写」であるのだから、三人称である「客観描写」に比べれば読者に与えられる情報が不公平になりがちだ、と思えてしまうところだが、実際にはその「穴」を逆利用したミステリの傑作も数多く生み出されていることは周知の通り。この『神様ゲーム』も、そうした先例に倣っている点は多々ある。
 芳雄君は初めこそは多分に理性的だ。猫殺し事件も友達殺しの事件も、小学生とは思えないほどの(笑)理性でもって「真相」に肉薄していく。しかし、「神様」を自称する「鈴木君」にであったことで、その理性にどんどん「揺らぎ」が生まれていくのだ。「鈴木君が神様であるかそうでないのか」という問題も、最終的には芳雄の「理性」に任されていることになるのだが、その芳雄が理性を失ったらどうなるか。
 「オチが理解できない」とか、「多様な解釈が可能だ」という声が出るのは、なぜなのか、ということと絡めて考えてみていただきたい。八割まで芳雄君は事件を「理性的に」読み解いていながら、残り二割については、理性を放棄してしまったのである。だから彼は最終的に「神様の実在」を信じることになる。実は、それを描くことこそが作者の主眼だったと言ってよいだろう。これは言ってみれば、「探偵」が八割方、事件を解決していながら、最後の二割でケツ割って逃げた物語だと言えるのだ。
 どうして作者はそんなことをしたのか? 当たり前の話だが、「現実」の事件は、フィクションであるミステリのように、全てがキッチリ割り切れるものではないからである。「真実が一つ」なんてミステリは、実は小説としては凄くつまんないのだ。読者が「あのオチの意味は?」と様々な解釈を考えるのは勝手だが、それがいつのまにか小説内での「神様の実在」を信じ、「神様の意図を量ろうとする」ことになっていることに大半の読者が気付いていない。読者が、芳雄の心理の過程をそのまま読者もなぞってしまっているということは、そういう読者もまた、「鈴木君」の手にかかれは、簡単に理性を放棄させられてしまう人間だということになるのだ。
 芳雄は、鈴木君が神様であることを否定し、なぜ彼がそれだけ真実を見通せるのかを推理し、鈴木君の「仕掛け」もちゃんと見抜いていた。なのに、結局、「神様はいるのだ」という「信仰」に辿りついてしまう。だから、もはやラストの芳雄君の描写には、客観的な意味を見出せなくなってしまう。あれが現実の出来事なのか、そうでないのか、それすらも信用できなくなってしまっているのだ。
 しかし、どうして芳雄君はそんな状況にまで陥ってしまったのか。芳雄君の心理の過程を丹念に追って行けば、彼が「神」にすがらなければならなくなった理由は充分に納得できる。芳雄君は孤独だった。彼には友達も、大人も、親ですらも信じられなくなってしまっていた。全てが信用できなくなってしまった芳雄君には、鈴木君以外に信じられるものがなくなってしまっていたのだ。そして、「知らなくてもいいことまで全て芳雄君に教えて、芳雄君をそういう心理状態に追い込んだのは鈴木君である」。だから、鈴木君が神様であろうとあるまいと、彼が芳雄君の心に陥穽を作り上げ、そこにうまくつけこんだことだけは紛れもない事実なのである。
『神様ゲーム』を仔細に読めば、「鈴木君」の手口が、他人を信用させるための典型であることに気が付くはずだ。芳雄はその手にコロリと騙された。こうなると、先述した通り、「鈴木君が本当に神様かどうか」ということはどうでもよくなる。芳雄の心の中では、完全に鈴木君は「神様」になってしまった。だから、最後に「鈴木君が神様であることを否定するような」意外な出来事が起こっても、「神様のやることは絶対」と、その事実について分析することを放棄してしまうのである。まるで、論理の徒であったコナン・ドイルが神秘家に変貌してしまったように。さながらオウム信者のように。
 言い換えるなら、『神様ゲーム』を読んで、最後まで「鈴木君が神様かどうか分からなかった」あるいは「鈴木君はやっぱり神様なんだと思った」人というのは、人の口車に乗せられやすいお人好しか、ニセ科学やトンデモ本の類に簡単にはまっちゃうような純粋まっすぐ君か、それこそカミサマを信じているシューキョーの人であろう。タイトルにちゃんと『ゲーム』と書いてあるのに、それは信じないのが不思議だけどね。
 でもまあ、世間ってのはそういう「騙される側の人」がいないと成り立たないものだから、この本に関して否定的な意見が多いってことは、それだけ「善人」が多いってことでもある。善人だらけの世界も鬱陶しいんだが、悪人が多いよりゃあマシかもしれない。
 実際、「鈴木君」のような「カミサマ」は、現実にいたるところにいるのだ。宗教の勧誘だけに留まらない、言葉巧みに信用を取り付け、ツボを売りつけたり土地を売りつけたり、詐欺を仕掛けてくる人間はそこいらじゅうにウヨウヨいる。ちょっとした寸借詐欺なら、身内でも友人でもしょっちゅうやっている(うちの家族も昔からずっとお互いに詐欺をしあっているようなものである)。グータロウ君のような善人には予想もつかないことかもしれないが、信用できる人間なんて、この世にはただの一人もいないのである。

 グータロウ君が善人なのはもう身に染みるほどに感じていることなので、実際どうして私のような悪辣で人情のカケラもないペテン師と友達でいられるのか不思議なのだが、もう日記の感想、善人丸出しで「子供に読ませるのにふさわしくない」とか、本読みが絶対言っちゃいけない言葉を簡単に言っちゃっている。
 保守的と言うよりは、頭でっかちな親は決まってこの傲慢なセリフを口にするのだが、親が何と言おうと、子供は読みたいものは読むものである。グータロウ君ちの子供が『神様ゲーム』を読むかどうかは分からないけれども、世の中にはこれを読んで「何か」を感じる子供は確実にいる。別にトラウマにならずに「何か」を考える子供も必ず現れる。
 グータロウ君が『神様ゲーム』をまるで「読めていない」のは、「解釈しよう」とネットの感想をあさった時点で大間違いなのだが(この時点で自分で考えることを放棄している)、更にはこれを「メタ・ミステリ」と言ってることでその知識の薄さを露呈してしまっている。もう何をかいわんやである。
 多分、間違いないと思うが、彼は意味も分からないでこの言葉を使っているのだ。虚構を虚構として認知することから現実の虚構性までを暴くのがメタの概念だとするならば、『神様ゲーム』はそんな複雑な手法は取っていない。どちらかと言えば、これは笠井潔の言う「アンチ・ミステリ」と見た方が妥当だ。江戸川乱歩の『陰獣』も、中井英夫の『虚無への供物』も、「割り切れないもの」が最後に残った。それはまさに賢しらな人間の知性をあざ笑い、全てが解明されないと気がすまない頭でっかちなミステリファンを嘲笑う「反ミステリ」としてのミステリなのである。
 情けない話なのだが、グータロウ君は、単に「オチがよく分からなかったから、これはメタ・ミステリなんだろう」と思ったに過ぎないようだ(そう思ってる読者も結構いるようである)。これじゃあ、アタマの悪いヤンキーがよく言う「俺がわかんないって思ったから勉強なんて必要ないんだよ」ってリクツと同じで、ただの脊髄反射である。ミヤベ先生の「本を読まない子供は馬鹿な大人になりますよ」という言葉をもちっと真剣に考えてみたらどうか。

 念のために言っておくが、グータロウ君を貶しているようであるが、これは「ミステリ読み」「本読み」としてはであって、人として私が足元にも及ばないことは言を俟たない。
 例えば、もしも私が、グータロウ君から金をせびり取ろうと思ったら簡単である。日記の更新をやめる。しばらくしたら彼から電話が掛かってくる。私はわざと出ないで、女房に出てもらう。「どうしたフジワラは?」。女房はためらいがちに切り出す。「言っちゃいけないって言われてるんですけど、実はまた入院してて……。今度は長くなりそうなんです。半年か一年、もしかしたらもっとかも」。これで簡単に騙せてしまうだろう。「少ないけどいくらか見舞いを送るよ」と言いながら、大枚はたいて書留寄こすに決まっているのだ。
 「トモダチ」だということを利用すれば、こういう騙しは簡単にできる。重要なのは「トモダチ」だということを押し付けがましく語るんじゃなくて、あくまで「つながり」を示唆するに留めることである。鈴木君だって「トモダチ」だということを利用して芳雄君を信用させている。そして自分からは何も要求はしていない。そこがうまいのである。
 私はこういう悪辣な人間なので、グータロウ君との人間の格差というものは歴然としているのである。こんな外道に関わったのはグータロウ君の身の不運ではあるが、世の中、悪人にいかに対処するか、訓練する必要もあろう。『神様ゲーム』も、芳雄君がいかに騙されて行くか、その心理の過程を追って行けば、現実世界で同じ轍を踏まないための訓練になると思う。


 晩飯に、スパゲティを作っていたときに、ガスコンロの火が勢いよく点いて、右手の甲の毛が焼けた。ちょっとチリチリになって、一部分だけミニアフロである。匂いをかいだら、毛の焼けるような匂いがしたが、毛が焼けているのだから毛が焼けた匂いがするのは当たり前なのである。


 ドラマ『相棒』〜シーズン�検船好拭璽肇好撻轡礇襦岾娉爾両襦廖�
 時々見てはいたんだけれど、なかなか日記の中で触れることはできなかった。昨今のミステリドラマの中では、群を抜いてキャラクターが「立って」いるので、シリーズの再開は嬉しい。水谷豊がこんなに上手い役者になるとはなあ。『バンパイヤ』のころには思いもしなかった……ってもう何十年前だよ。

 元外務省事務次官で「閣下」と呼ばれる傲慢かつ狡猾な男、北条晴臣(長門裕之)。2年前、杉下右京(水谷豊)たちに殺人容疑で逮捕されながら、超法規的取引で保釈され、現在はイギリスから移築したアイアンハート城で悠々自適の生活を送っている。
 その閣下から、右京と相棒の亀山薫(寺脇康文)にパーティーの招待状が届いた。閣下の目的は何か? パーティーには北条の保釈取引に関わった、小野田公顕・警察庁官房長(岸部一徳)と瀬戸内米蔵・元法務大臣(津川雅彦)も招かれていた。誰も閣下の真意が測れない中で、閣下は悪戯っ子のようにはしゃぎながら、突然、若い女性秘書・郷内繭子(高橋かおり)との結婚を発表する。その発表に驚愕したのは、繭子の従妹で城の執事の嵩人(高杉瑞穂)だった。そして翌日、嵩人が殺される。閣下のコレクションの剣で胸を一突きされて……。

 トリックは単純なのだが、ともかく「閣下」長門裕之の怪演が光る。津川雅彦との兄弟共演も、ストレートに突っ込む弟に対して、兄が泣いたり笑ったり、感情表現豊かにすっとぼける様がいかにも楽しそうだ。
 正直、役者としての艶に欠ける人だよなあと思っていたのだが、こんな愛嬌のある糞爺を演じさせて、こんなに映えるとは思っていなかったのである。こんな大ベテランに対抗しようというのは至難の業だが、ゲストの高橋かおり、清楚な美人秘書として登場したかと思ったら、閣下にまんまとハメられたと気づいた途端に「このばかたれ!」とちょっとケンのある顔を歪めての大暴言、まったく大熱演である。
 さて、最後に笑ったのは誰なのか、このままならなんだか「閣下」シリーズもいずれ第三弾がありそうで、楽しみなことである。

2002年10月12日(土) 第一稿完成!/『ちょびっツ』7巻(CLAMP)ほか
2001年10月12日(金) それはそれ!/『ゲッベルスの贈り物』(藤岡真)ほか
2000年10月12日(木) 乳の電話と江戸のエンコーと胃袋女と/『十時半睡事件帖 おんな舟』(白石一郎)ほか



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