無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年08月26日(木) 確かに人間、みんな「夢」は見てるけどね。

 幾分涼しくはなっているものの、やや夏バテ。食欲はないが、喉は乾く。水腹だと気分が悪くなるので、結局何やかやと食べる。ちょっと体重がまた増えかけているのでヤバイのである。また検査が近いのになあ。
 しげ、また鬱期に入り、仕事を休む。朝方は仕事に行くようなことを言っていたのに、夕方になって、急に鬱がぶり返してきたらしい。薬は飲んでたはずなんだが、あまり効いてないみたいだ。「仕事をやめる」とまでは言い出してないから、とりあえずそうひどくはないんだろうが、休んだら休んだでまた行きにくくなりゃしないかと、そこがちょっと心配である。
 しかし、今のしげの職場、バイトをちょっとムダにこき使い過ぎという感じではあったから、時々休まないとやってらんねえ、というのは正直言って事実なのだ。もともと芝居の費用くらい自分で賄え、ということで始めた仕事だから、別にがむしゃらになって働かなくとも、月に数万円稼ぐ程度で充分なのである。つか、実際しげはそれくらいの給料しか貰ってないんだけど、勤務時間の数時間前には出勤して準備しなきゃならんわ、残業は毎日数時間が当たり前でやっぱり手弁当だわで、労働基準法なんてハナから無視、忙しくてたまにそういう日があるってんならともかく、それが常習化してるんでは、私だって辞めたくなるというものだ。体力が続くのも若いうちなんだから、どこかでセーブしてかないと、夫婦揃って入院なんて事態にもなりかねない。ともかく人手が足りないのを何とかしなきゃならないのはしげの職場の方の責任である。いい加減、しげが「もうムリするのはイヤだ」という気分になるのも仕方がない面はある。
 もちろんスッパリ仕事を辞めてしまっても構わないのだが、じゃあそれでしげが家の中の仕事をキチンとするかというと、全くしない。たまにしても食えねえ料理と汚れの落ちてない洗濯の毎日じゃ、家にいるだけ邪魔だ。せめて自分の食い扶持くらい少しは稼げ、ということでやっぱり外で働いてくれてた方がなんぼかマシなので、まあ、今の仕事をいずれ辞めるにしても、週に3、4日くらいは近所の通いやすい場所でパートの仕事してもらわないと、かえって生活が崩壊してしまいかねない。食事は殆ど私にたかってんだから、ゴミの片付けくらいしてほしいもんなんだが。


 鬱と言えば、劇団の方でもハカセが鬱ってて、ホームページの日記など、メンバーの丁々発止でなかなかトンデモないことになっている(^_^;)。
 確かにハカセが鬱って練習に出て来ないおかげで、アノ仕事、コノ仕事といろいろ滞ってはいるのだが、彼女がなんだかよく分らないがハタから見てりゃどーでもいいことで行き詰まって鬱に逃げこむのはいつものことだし、それに振り回されて自分たちのほうがキリキリしてたら、逆にそれが自分のクビを絞める結果になりかねない。あの子にはヘンに絡まない方が、甘えられない分、自立できると思うんだけど、どうかね。
 ともかくハカセに限らず、女性の方々に言いたいのは、「誰かに依存する生き方はやめようよ」ということである。男にくっつきゃ、食いっぱぐれることはないし、人生何とかなるさあ、と思ってるかもしれないが、今の男の9割は逆に女に依存することしか考えちゃいない。「オレが守ってやるぜ」なんて言ってるヤツだって大半は口先だけだ。ヒモにまではならんとしても、浮気はする、カネは家に入れない、暴力は振るう、くらいはザラだ。「妻」をキープくらいにしか考えてないクソ野郎はゴマンといるのだ。自分だけがそんなだめんずには当たらない、と考えているのはそれこそ女の思いあがりである。いいか、バカ女にはバカ男しかくっついてこないものなのである。我が家を見よ(T∇T)。
 結婚したって損しかしないのに、なんで男に幻想を求めるかな。それよりまずは「働いて自立せい」である。未婚、少子化はもっと進んだ方がいい。でなきゃ、男のほうだって、いつまで経っても「女に甘えられる」という幻想を捨てられないのである。


 ここんとこ、この日記に、読んだ本の記録も書き忘れている。
 もともといつかこれらの本の感想もコンテンツに挙げますよ、というつもりで書いてたんだが、実質、そんな余裕はなくなっている。まあ予測できた事態ではあるけれど。でも、タイトル書くだけではやはり寂しいのだ。この日記のお客さんには、タイトルで検索かけて来てくれてる方も結構多いのだが(つか、それが殆ど)、開いてみたら書いてあるのがタイトルだけでは、申し訳ないこと甚だしい。ヒトコトフタコトでも感想書いとけば、とも思うのだが、それやりだすとキリがなくなることはもう今までの経験で学習ずみなのである。全く、どうすりゃいいんだか、という心境なのだが、根本的な解決手段はないのだよなあ。
 こうなると、タイトルをはっきり明記しない、という手段もアリかな、という気がしてくる。例えば今日はDVDで『鋼のなんたら』の8巻と、『ウルトラなんたらのダークなんたら』の第1巻を見たのだが、これだけでも分かる人には何のことか分かりはするからね。でもこれも見ていてなんかイライラしそうな文章になりそうである。いい方法があったら、ご教授頂きたい。


 撮影が押してる、というウワサの『ゴジラ FINAL WARS』であるが、新たに「USゴジラ」の参戦が発表されたとか(「Zilla」って名前になるんだと)。
 たしか富山プロデューサーは、以前の記者会見で、登場怪獣は既発表の11体のみ、これ以上出すと予算が足りなくなるから抑える、とか言ってたが、撮影もかなり進んだ段階でこういう改変を行ったということは、やっぱり「コマが弱い」と感じたのかもしれないな。カマキラスやクモンガが復活しても、どれだけのファンが喜ぶのか、ちょっと疑問だし。……まあ、世の中にはキング・シーサーのファンもいるから(北村監督がそうだってねえ)、ある一定の数のファンはきっといるんだろうけれどもね。
 「Godzilla」が「ゴジラ」に倒される、となれば、「USゴジラ」に憤った立場からすれば(「映画としてはいい出来」なんて評価はクソ食らえである)ちょっとばかし溜飲が下がる思いはするが、いかにもテコ入れ然とした導入の仕方が気になりはするのである。フォルム的に他怪獣と世界観を共有していない点もどうかな、と思う。
 でもこれで「USゴジラはゴジラではない」ことが明確に打ち出されたことになる(GMKでも少し言ってたけどね)。これは実に嬉しい。もしかしてゴジラのミュータント、という説明でもくっつけるかもしれないが、ビオランテもスペースゴジラもゴジラ本人ではないのだから、USゴジラは絶対にゴジラではないのである。
 ……でもどうせ出すならやっぱりギドラじゃないかと思うけど、これもGMKのときのテイタラクを見ていると、もうムリかなあという気がしてくるので、出さない方が無難かも。操演できるスタッフがもういないんだろうなあ。
 でも、あえてギドラを出さなかったということは、来年から「モスラ×キングギドラ」シリーズ再開! とか富山さんが言い出すんじゃないかという気がして、そっちのほうがどうにも不安なのである。いや、まさか『ヤマト……』……!?

2003年08月26日(火) サヨナラの季節/『のだめカンタービレ』3〜6巻(二ノ宮知子)/『ホントの話』(呉智英)
2001年08月26日(日) アノ娘にもツバがついていたのね/DVD『2001年宇宙の旅 スペシャルエディションBOX』
2000年08月26日(土) 森の木陰でドンジャラ補遺/『金髪の草原』(大島弓子)



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