無責任賛歌
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| 2004年08月10日(火) |
本名、また変わりました(T∇T)。 |
しげ、結局、朝まで帰って来ず。 なんでも鴉丸嬢と、シンミリした話までしていたそうな。しげも鴉丸嬢も、決して裕福とは言えない家庭に育っているので、つましい話はいくらでもある。具体的なことはあまり書けないが、聞けば「お前たちゃ闇市世代か」と言いたくなるような話もいっぱいだ。しかも自分たちのことだけでなく、時として他人さまのことまで気にかけているのだから、そんな余裕があるのか、まずは自分たちの足元をしっかりと固めることの方が先決じゃないかと思うのである。 「これから子供ができたとしてさあ、誕生日のプレゼントには、せめて3000円くらいのものはあげたいよね」って、月収いったいいくらなんだ。物価が30年は逆行してないか。 不況だとは言え、がむしゃらになって働けば、20代でも月に15万から20万は稼げるはずである。贅沢したり、遊んだりしなければ、子供の喜ぶものを借金せずにプレゼントすることだって可能なのだ。それができない親はそもそも親になる資格がない。 パチンコに行ってる間に子供を車の中で死なせてしまうような馬鹿親のことを嘆いたところで仕方がない。まずは自分がそうならないよう、ハラを括っていかなきゃならないだろう。
帰宅したしげを休ませる間もなく、車を運転させて区役所に向かう。昨日父から頼まれた戸籍謄本を取りに行くのが目的。 しげは「眠い眠い」とブツブツ言ってたが、出かけることは分かっていたのだから、ちゃんと夜には帰ってきて、寝ておけばよかったのである。 「だったらいいよ、わざわざ送ってもらわなくても」と言うと、「送るよ、送ればいいっちゃろ!?」と逆ギレされる。逆ギレするくらいなら、最初から素直に送ればいいのに。 謄本を取って驚いたのは、以前は手書きだったものが、いつのまにか印刷に切り替わっていたことだ。それはそれで構わないのだけれど、よく見ると私の名前の漢字の「字体」が違っている。つまり私は、私の知らないうちに本名が書き換えられていた、ってことになるのだが……って、ちょっと待てコラ、仮にも役所がそれでいいのかよ。それって、こっちが本名書いたら、本人として認めてもらえないってことじゃんかよ。 でも、ここで文句をつけて時間を食うと、またしげがキリキリしそうだったので、苦情を言うのは諦めた。まあまた何かの機会に訂正してもらうことはできるだろうし、できなくても名前なんて所詮、記号だからどうでもいいのである。 ……つかさ〜、私の本名って結構珍名なんで、やたら書き間違えられるんだよね〜、だからも〜、人は自分の思いたいようにしか人のことを認識しないんだな〜って、悟っちゃってっからさ〜、みんな好きなように書けば〜? みたいな感じでとうの昔にヤケになっているのである。 謄本には当然、しげの名前もしげの両親の名前も載っているのだが、それを見てしげが目を丸くしている。「どうしたんだ?」と聞くと、「母さん、こんな名前だったんだ!」 誤解のないように解説しておくが、しげは別に母親の名前を知らなかったわけではない。知ってはいたが、亡くなったのがしげが5歳の時だったので、字でどう書くかまでは覚えていなかったのである。 でも、婚姻届出すときもしげは同じこと言ってたんだがな。多分また10年くらい経ったら、母親の名前を忘れてしまっているだろう。
父に謄本を渡した帰り道、「はかた文具館」に寄って「認印」と「訂正印」を注文する。さっきも書いた通り、私の本名は珍名なので、ほとんど三文判で売ってた例がない。しげが職場で訂正印がほしいと前から言ってたので、思い立って作ってもらうことにしたのである。……つか、なんでしげは今まで自分で注文しなかったのかな。 しげの旧姓も実は珍名である。しげは以前、「鳳啓介と京唄子みたいに、離婚と結婚繰り返して、記念日たくさん作らん?」とか言ってたのだが、そのためには改めて旧姓の印鑑を作らなければならないので断念したのである。つか、そんな理由で離婚しようとするなって(-_-;)。
今日読んだ本。 マンガ、小林よしのり『ゴーマニズム宣言 EXTRA』1巻。 横山光輝『音無しの剣』。 矢也晶久『なんだかコワレ丸』6巻(完結)。 天樹征丸・金成陽三郎原作、さとうふみや作画『金田一少年の事件簿』3、4巻。
『キング・コング(1933)』(間にクロマルが入ることで、悪名高きリメイク版『キングコング(1976)』との区別が付くようになっている。これを忘れるとマニアからえらく叩かれてしまうので、気を付けないといけないのである)のヒロイン、フェイ・レイが、8日、ニューヨーク・マンハッタンの自宅で死去、享年96。 『キング・コング』の悲鳴女優(あちらでのニックネームが“The Queen of Scream”である)としてあまりに有名になってしまったために、モノの本を紐解くと、他の作品が忘れられて不遇の女優であったように書かれている記述も多い。確かに『キング・コング』以降、彼女のセックス・アピールばかりが重宝されて安手のスリラーとかに起用される例も多かったようだが、50年代には中年の自然な演技派女優として、カムバックを果たしている。『ペリー・メイスン』や『ヒッチコック劇場』『ハワイアン・アイ』などのテレビ出演も多い(ちなみに、リメイク版でのヒロイン、ドワンを演じたジェシカ・ラングも同様の運命を辿り、カムバックに時間がかかった)。 それでも私が見ているフェイ・レイ映画は『猟奇島(1932)』と『キング・コング』だけなので、その匂うような美しさばかりが印象に残る。苦労はしたかもしれないが、『キング・コング』に出演したことを後悔はしていないのではないか。あちらの小説を読んでいると、たまに「フェイ・レイのような悲鳴」という表現に出くわすことがあるが、それくらい、彼女の恐怖の表情と声は、人々の心をつかんで離さなかったのだから。 現在進行中のピーター・ジャクソン版『キング・コング』は、1976年のリメイク版のときと違って、ヒロインの役名もオリジナル版と同じ「アン・ダロウ」(演じるはナオミ・ワッツ)である。これを見た彼女の感想をぜひ知りたかった。あれから70年を経てようやく、スリラーやモンスター映画に出演することが決して女優としての格を落とすことにはならなくなった現状を、喜んでいてくれたらいいと思うから。 遺作はヘンリー・フォンダ主演の法廷もの、『冤罪』(1980/劇場未公開・テレビムービー)。ビデオ屋かどこかに置いてないかな。
夏も中盤に入って、映画興行の成績も大方、結果の予想が見えてきている。 何と言っても一人勝ちしているのは、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で、累計興収が100億円を突破、まだまだ数字は伸びると見られる。続くのは『世界の中心で、愛をさけぶ』で、来週までに80億円到達の見込みだそうな。この二つまでに届くか届かないか、というのが『ポケットモンスター・アドバンスジェネレーション』と『スパイダーマン2』、先週までの興収が『ポケモン』が公開4週間で27億円、『スパ2』が公開5週間で45億円である。『シュレック2』と『キングアーサー』がこれに続いて、ここまでで全体の興行収入の8割以上を締めているというのだから、あとの作品の成績は推して知るべしである。『スチームボーイ』の無視のされ方は、大友克洋神話が完全に崩れ去ったことを意味はしないか(つか、そんなもんあったんかいって感覚なのだが)。この分だと15億にも届かないような気がする。 あとは先週初登場の『リディック』が公開2日間の興収で既に2億円弱とまずまずのスタート、最終的には興収15億円以上になろうかというところ。『金色のガッシュベル!! 101番目の魔物』は5位デビュー、注目の『サンダーバード』は7位デビューで、両作とも興収10億円見当というところで、まあ、上位作品の牙城を崩すところまでは行きそうにない。けれども、『ガッシュ』は充分奮闘していると言えるだろう。それに引き換え、『サンダーバード』の不振ぶりはちょっと予想外だった。いや、つまんないだろうとは思いながらも一応見に行くつもりではいたから(どうしようかなあ)。なんと本国アメリカでもベストテン入りできずに大コケ中なので、やっぱり企画から何か間違ってたんだろうなあ、なんでもかんでもリメイクすりゃいいってもんじゃないよ、と判断するしかない。私はオリジナルの『サンダーバード』は黒柳徹子と大泉滉目当てで見ていたので、マリオネーションでも吹替えでもない『サンダーバード』には魅力は殆ど感じないのである。
それにしても毎年思うことであるが、映画好きを標榜していながら、その年の興行収入上位の作品を劇場で見ていない場合って、すごく多いんだよね。あとでテレビ放送で見たりはしてるけど。例えば今回も、『ハリポタ』と『セカチュー』は“まだ”見ていない。理由はいつも「しげが見たがらないから」であるのだが、『スパイダーマン2』も『シュレック2』も、しげはそんなに見たがってはいなかったのだ。 いや、ヒットした映画が必ずしも面白いとは限らない。しかし、いやしくもモノを作ろうとする人間が、“あえてヒット作を避ける”態度を取るというのはどんなもんかと思うのである。しげの演劇の師匠は、火野葦平とも交流の深かった劇作家の鶴島正男先生であるのだが、「芝居を見るのは素人だ。素人に分からない芝居は一人よがりなものでしかない」ということを強調されていた。忘れっぽいしげでも、そのことは覚えているはずである。自分の好みは好みとして、その国、その時代における人々のニーズを全く無視して芝居を作ろうというのはエンタテインメントを目指す者としては明らかに間違っているだろう。しげの、「嫌いなものを好きなふりはしたくない」という意見自体は間違ってはいない。多分、『ハリポタ』も『セカチュー』も見ればかなりつまらないのだろう。 けれど、ならばその「つまらないもの」がヒットしている理由は何なのか、「つまらない」と感じている中にも実は「面白いもの」、人々の心をつかむ何かがあるのではないか、それは確かめておかなきゃならないことではないのか。そうでなければ、自分たちの作るものが、人々に何らかの形で訴えかけるものには決してならないと思う。
というわけで、夜になって、しげを置いてきぼりで天神東宝まで『世界の中心で、愛をさけぶ』を見に行く(ホントはしげは仕事です)。 公開15週目で、平日の最終回だというのに、劇場内にはまだ三、四十人ほどの客がいた。こりゃ本気でヒットしてるんだなあ、と感心。恋愛モノなんていつの時代でもあるありふれたものだろう、と思われる方もあろうが、そういった中でも時代のニーズとぴったり一致した「当たり年」ってのはあるのだ。 予告編は『感染/予言』(『予言』はつのだじろうの『恐怖新聞』の映画化)、『NIN‐NIN ハットリくん・ザ・ムービー』『ゴジラ FINAL WARS』『笑の大学』『ハウルの動く城』など。 『笑の大学』はあの傑作戯曲を映画としてどう構成するんだろうと心配の方が先に立っていたが、どうやら「笑の大学」の舞台も映像化するようだ(戯曲版を知らない人のために簡単に解説すると、戦時中、「笑の大学」という名前の軽演劇の座付き作者が、警察に台本を検閲されて削除、改訂されるたびになぜか芝居が逆に面白くなってしまうというストーリーの、三谷幸喜作のシチュエーション・コメディである)。「おみゃあさまはお宮でないか」「さるまた失敬」のあのしょ〜もなくも楽しいギャグはちゃんと踏襲されるようである。映画も傑作になってくれるといいなあ。 『ハウル』はついに倍賞千恵子、美輪明宏の声が聞けたが、この二人は声優経験も何度となくあって手馴れたものであった。でもキムタクの声はまだ流してないんだよね。……不安材料があるのかな〜(^_^;)。
で、本編の映画はというと、ところどころ“つまずく”ところはあるものの、かなりよくできたホンになってはいるのだった。ああ、これなら結構なオトナも泣くでしょ、という印象。ちなみに私もやっぱり泣いてしまったのだけれど、「人死に」のある映画では私はほぼ泣くので、映画の出来とは関係なし。 不満は「愛の奇跡」を描ききれていない、ということ。こういう大時代的なメロドラマは思いきって大ウソをついた方がいいのである。白血病をリアルに描く気がないのなら、なおのことである(だって死ぬ間際までヒロイン、血色よくてツヤツヤしてるんだもん)。 台本のセリフそのものに力がないのも、弱点か。山崎努の「生きてる者にできることは、死んだ者の後始末をすることだけだ」ってセリフはなかなかよかったんだけれども。
帰宅途中、しげの店に寄って遅目の夕食。 レジで代金を渡すと、しげまで「千円“から”お預かりします」なんて言いやがった。嗚呼!(T∇T)
2003年08月10日(日) 二元論の陥穽/『魔法先生ネギま!』1巻(赤松健)/『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(横溝正史)ほか 2002年08月10日(土) 映画ファンってどこにいるの?/DVD『∀ガンダム�機|狼絽�』/『アフター0 著者再編集版』1・2巻(岡崎二郎)ほか 2001年08月10日(金) 代打日記 2000年08月10日(木) トマトの罠/『太陽がいっぱい(リプリー)』(パトリシア・ハイスミス)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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